38年前に起きた事件の裁判がやり直されることになった。女子中学生を殺害したとされた前川彰司さん(59)について、検察側は28日、再審開始決定に異議を申し立てないと発表した。決定を覆すのは難しいと判断したとみられ、前川さん側は「早期の無罪を」と改めて求めた。
「無罪を勝ち取るまで訴えていきたい」
「安堵(あんど)した。検察は無罪を求刑し、これまで判断を間違えていたとわびてほしい。無罪を勝ち取るまで訴えていきたい」
28日午後4時半過ぎ、検察側の対応を知った前川彰司さんはこう話し、弁護士らと抱き合って握手した。吉村悟弁護士は「あるべき判断だ。証拠の脆弱(ぜいじゃく)さが明らかになり、事実上検察側も認めたということだ」と語った。
再審開始を認めた23日の名古屋高裁金沢支部決定(山田耕司裁判長)は有罪の根拠を打ち崩したうえ、多方面への批判を展開した。
矛先となったのは関係者の証言に依存した警察の捜査だ。前川さんと事件を結ぶ物証がない中、知人男性の証言について「うその疑いがあり、危険なもの」と指摘。他の関係者らに対して警察が証言を誘導した疑いがあるとし、「信用性を認めることは正義に反して許されない」とした。
検察に対しては「証拠隠し」と言えるような公判対応を「到底容認できない」と言葉を強めた。有罪とした確定判決も非難し、「知人男性の証言にはらむ危険性を放置したのではないか」と指摘した。
「堅実で正当。覆る余地はないはずだ」。前川さんの弁護団は異議申し立てを断念するよう名古屋高検金沢支部に申し入れ、焦点は検察側の対応に移った。
前川さんが有罪だとする検察側の選択肢は、決定に異議を唱えることだ。決定を出した同じ高裁レベルでの不服申し立てが認められており、憲法違反などの理由が求められる最高裁への特別抗告と比べると、ハードルは低いとされる。
主な再審請求事件を巡り、検察側が開始決定を受け入れ、不服申し立てを断念したケースはほとんどない。ある検察幹部は決定を受け「裁判所が証拠の見方や読み方を間違えている場合もある」として異議に含みを持たせていた。
検察側、異議申し立てを断念
この事件では、確定審と第1次請求審で異なる判断が繰り返された経緯もある。法務・検察関係者は「証拠の評価の判断をもう一度仰ぐ考えもある」とも話していた。
ただ、高裁支部の決定は弁護側が提出した新証拠を積極的に評価し、関係者証言の矛盾や変遷を確定審段階よりも浮き彫りにした。「弁護人らが上げることに成功した疑いの炎を検察は消せていない」とも述べ、検察側に説得的な反論がもっと必要だと突きつけた。
決定を覆すほどの材料や根拠があるのか。くしくも9月には、静岡県で58年前に一家4人が殺害された事件で死刑が確定した袴田巌さん(88)への再審無罪が言い渡され、難しい判断を迫られた検察。内部では「(トップの)検事総長の判断まで仰ぐべきだ」との声も出て慎重な検討を重ねたが、「白旗」を上げることになった。
「異議申し立てを行わないとの判断に至った」。28日の記者会見で名古屋高検の畑中良彦次席検事は、最高検と協議するなどして決めたとしたが、詳しい理由は明らかにしなかった。
検察側の判断について、近畿大の辻本典央教授(刑事訴訟法)は「決定は関係者供述の矛盾を丁寧に検討した一方、検察側には受け入れがたい捜査批判もあったことから断念は予想外だった」と指摘。袴田さんの再審無罪を挙げ、「再審可否の決着までに時間がかかることに批判が出ており、世間の動きを注視した対応だろう」と推測した。
一方、再審公判に向けては「有罪立証をしていく可能性もあるが、それまでに決定が指摘した捜査の問題点などを改めて見直し、無罪方向で主張していくべきだ」と話した。【古川幸奈、三上健太郎、萱原健一】
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