しょうゆを搾り出す前の発酵熟成段階にある「もろみ」の状態を見る弓削多洋一社長=埼玉県坂戸市で2024年5月21日午後0時4分、加藤佑輔撮影

 円安が止まらない。4月には一時、1ドル=160円台と34年ぶりの水準まで円は下落し、その後も円を売ってドルを買う動きが収まる気配はない。円安は海外で日本製品の価格が下がり輸出が好調になる一方、輸入品を取り扱う業者にとっては仕入れ値が上昇して経営を圧迫するデメリットがある。追い風か、逆風か――。恩恵、もしくは損害が鮮明になっている埼玉内の企業を取材した。

今年から注文急増

 創業100年を超える坂戸市の老舗しょうゆメーカー「弓削多醤油(ゆげたしょうゆ)」は3月、「百年蔵」と名付けた新たな蔵を市内に完成させた。円安の影響を受け、しょうゆの輸出が好調に推移しているためだ。

 同社は1923年創業の蔵元。弓削多洋一社長(57)は「蔵も会社も、創業200年を迎えても存続できるようにとの思いで『百年蔵』と名付けた」と語る。百年蔵には、直径約2・2メートル、高さ約2メートルの杉製の桶(おけ)14本を設置。同社の年間のしょうゆ生産量は約2割増える見通しだ。

 海外への輸出を本格的に始めたのは、2014年から。13年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されて以降、海外でしょうゆ需要が高まったことを受け、米国や英国、フランスなどの飲食店に、その店の料理に合うしょうゆを輸出している。

 今年に入り、各国の店舗からの注文は急増。5月までは前年同期比の2倍を超えている。弓削多社長は「社のブランドが海外で徐々に浸透してきたのに加え、円安が追い風になったのでは」と分析する。その上で「今後も世界中で日本のしょうゆのおいしさを広めていきたい」と話す。

日本で経営する自信無くなった

 一方、イスラム教徒をターゲットにした輸入食品を取り扱うさいたま市内のある店舗は、6月末での閉店を決めた。円安で仕入れ価格が上がり、売り上げも大きく下がったためだ。「円安で毎月利益が減っていく。日本で経営する自信が無くなった」。バングラデシュ出身の男性店主(54)はそう吐露した。

 この店では、イスラム教の戒律に基づいた工程や保管場所などの規定をクリアした「ハラル認証」を取得した肉や調味料を主に販売する。客の大半はスリランカやパキスタンなどアジア出身のイスラム教徒。県内でハラル認証を取得した食品を販売する店舗は珍しいため、店内はにぎわい、20年の開店以来、年間約4000万円を売り上げていた。

 ところが、円安が加速した影響で食品の仕入れ価格は大幅に上昇。1年前と比べてほとんどの商品で10%以上の値上げを余儀なくされた。すると徐々に客足が遠のき、売り上げは3割ほど減少。手元に残る利益が減っただけでなく、電気やガス料金の高騰で生活も苦しくなり「日本でこれ以上暮らすのは難しい」と、店をたたむ決意をした。閉店後は海外に移住し、会社員として働く考えだという。

 円安が県内の産業にもたらす光と影。一方、私たち消費者への影響はどうだろうか。

 帝国データバンクの調査によると、円安の影響で24年中に値上げするとみられる食品は、酒類や加工食品など最大約1万5000品目。ただ、1ドル=150円台後半の円安水準が長期化した場合は「今秋にも円安を反映した値上げラッシュの発生が想定される」としており、予想より値上げが拡大する可能性を指摘している。【加藤佑輔】

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