対ドルの円相場を左右する要因が投機筋の円売りから、かつての常識だった日米金利差にシフトしている。政府の円買い介入などで歴史的な円安水準が一服したのに伴い、投機筋の動きが為替相場に与える影響が相対的に低下。金融政策の動向を反映しやすい2年債の日米金利差の存在感が増している。米国で先々の利下げ織り込みが進む中で、市場の目線は円高方向に移りつつある。

「7月に入ってから日米金利差、特に2年債の利回り差と円相場の相関が強まっている」。ふくおかフィナンシャルグループ(FG)の佐々木融チーフ・ストラテジストはこう指摘する。金利差と円相場は5〜6月には逆相関とも言える動きをしてきたが、足元で連動性が高まっているという。

2024年に入って日米の2年債利回り差が最も大きく開いたのは4月末。金利差はそこから徐々に縮小傾向を見せたが円安に歯止めがかからず、円相場は7月上旬に約37年半ぶりの円安水準をつけた。金利との相関は薄れ、金利の動きとは関係なく相場の動きに順張りで取引を仕掛ける投機筋が相場の原動力になっていた。

この状況が足元で変わった。7月中旬から8月上旬にかけて進んだ円高局面では日米金利差も急激に縮小しており、円相場との連動が復活している。佐々木氏は「円金利がプラスに転じ、金融政策による金利差の変動が為替に効いてくるとの見方が強まった」と話す。

みずほリサーチ&テクノロジーズの東深沢武史主任エコノミストが21年以降の円安進行を要因別に分析したところ、6月末時点で円安に対する「投機」の寄与度は17円超と全体の3割超を占めていたが、足元では2割を下回る。一方で「金利要因」は全体の5割超を占め、相対的に相場への影響力が増している。

東深沢氏は「投機筋のポジション積み上げや解消が円相場を大きく動かしていたが、円売りポジションはかなり解消された。今後は金利差との連動が戻ってくる」とみる。

直近では14日発表の7月の米消費者物価指数(CPI)の結果を受けた相場の反応からも、金利差と円相場の連動が強いことがうかがえる。CPIの前年同月比の上昇率は2.9%と市場予想(3.0%)を下回った。9月の利下げが改めて意識され米金利には低下圧力がかかり、147円前後で推移していた円相場はニューヨーク外国為替市場で146円台半ばまで円高が進んだ。

海外のIT(情報技術)企業に対する支払いなどで生じるデジタル赤字や新しい少額投資非課税制度(NISA)を介した海外投資など、実需的な円安圧力は根強い。ただ、金利差との連動が戻る分、円相場が上昇しやすくなるとの見方が広がる。

みずほ証券は5日、12月末の円相場予想を155円から146円に変えた。「ここに来て米景気の悪化から大幅利下げが議論されるようになり、金利に注目が集まりやすくなっている」(山本雅文チーフ為替ストラテジスト)ことが見直しの理由の一つだ。

米金利先物の値動きから市場が織り込む政策金利予想を推計する「フェドウオッチ」によると、15日昼時点で9月に0.5%の利下げを実施する確率は4割。ペンシルベニア大学ウォートン校のジェレミー・シーゲル教授は5日、米CNBCのインタビューで「0.75%の緊急利下げと、9月会合での追加利下げが必要だ」と述べた。その後取り下げたものの、大幅利下げを求める声はなお一定数は残っている。

日銀の内田真一副総裁のハト派発言を受け、国内では年内の追加利上げは遠のいたとの見方もあるが、日米金利差が縮小方向へと向かうのは疑いの余地がない。

利下げ圧力は欧州でも強い。スイスの2年物国債利回りは5日に0.4%台前半まで低下し、23年3月以来の低水準をつけた。 第一生命経済研究所の田中理首席エコノミストは「過去のインフレ率の推移を見ると、スイスの方がユーロ圏よりも数カ月先行することが多い」と話す。金利差という意味で、円が買われやすい環境は徐々に高まる。

金利差縮小を見越し、金融機関は相次いで相場見通しを円高方向に修正しはじめた。JPモルガンは14日発表した為替相場の見通しで、7月時点で156円としていた24年末の予想を146円に変えた。

三井住友銀行の鈴木浩史チーフ・為替ストラテジストも7月下旬時点で154円としていた年末の予想を146円に修正した。「金融市場のボラティリティー(変動率)が大きくなっている中で、しばらくは積極的に円売りポジションをとる動きは出づらい」と話す。歴史的な円安局面の再来が遠のき、円高方向へと目線を切り替える市場参加者が増えている。

(荒川信一)

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