小説の登場人物の心情を熱く語り合う作家たち。

普段は孤独な創作活動に没頭する彼らが、今回は一堂に会して舞台に立つ。

大阪で66年ぶりに復活した「文士劇」の舞台裏には、想像を超える熱量があった。

■人気作家が役者に!?明治から続く伝統

文士劇とは、“作家”たちが“役者”として舞台に立つ演劇のことだ。

明治時代に始まったこの伝統は、石原慎太郎や三島由紀夫といった、そうそうたる文豪たちも参加した歴史を持つ。

今回、大阪では実に66年ぶりの上演となった。

舞台は900席の大劇場。そこに立つのは、芥川賞作家や直木賞作家たち。

普段は文章で表現する彼らが、今回は全身を使って演技に挑戦する。

■学園ミステリー「放課後」を作家たちが熱演

復活をかけた舞台のために選んだのは、大阪出身のミステリー作家・東野圭吾のデビュー作「放課後」だ。

高校で相次いで教師が殺されるという学園ミステリーを、作家たちが演じる。

文士劇の仕掛け人は、羽曳野市在住の直木賞作家・黒川博行さんだ。

黒川さんは「原稿というのは、時間の集積ですね。その原稿にどれだけの時間が入っているか。自分の原稿を読むたびに思います」と語り、セリフへのこだわりを見せた。

■アイデアが飛び交う稽古 脚本には書かれない“行間”の心情にまで及ぶ議論

本格的な稽古が始まった9月。舞台に上がる16人全員が集まった初めての稽古では、作家ならではのアイデアが飛び交った。

黒川さんは、原作者の東野圭吾さんと40年来の付き合いがあり、「放課後」を舞台化するにあたり、「話の展開もセリフも何をどう変えてもいい」と言ってもらっているのだ。

セリフ一つにも、それぞれの見解が。

殺害の実行犯・宮坂恵美役を演じるのは、大阪出身の蝉谷めぐ実さん。

直木賞作家・東山彰良さんは「『宮坂、絶好調だな』じゃなくて、『宮坂、鬼気迫るものがあるな』とかどう?」と提案。

これに対し、直木賞作家・朝井まかてさんは「それは(犯人のヒントを)与えすぎだと思う」と返す。

本の世界では脚本も演出も、全部ひとり。仲間たちと議論できるのも、文士劇の醍醐味だ。

【矢野隆さん】「発端は恵美が『死にたい』って言う。俺が死なせたくないから『殺そう』ってなるわけじゃないですか。「死にたい」なので「殺そう」じゃないんです。そこはどういう変化?」

さらに話は、脚本には書かれない“行間”の心情にまで及んだ。

朝井まかてさんは「殺すことで、1つの生きる目的にはなる。達成感もあるし、後悔しなくてもいいが、何か変質があれば」と、キャラクターの内面を深く掘り下げる。

■人気作家たちが一度限りの舞台のため合宿

本番1カ月前、稽古は山場を迎え、合宿生活を始める作家たちも。

普段は孤独な仕事をしている彼らにとって、これは貴重な機会だ。

黒川さんとともに、文士劇を復活させようと立ち上がったのが、朝井まかてさん。

【朝井まかてさん】「ふと、『文士劇やりたいな』って。みんな『やろうやろう』って。一人でやっている仕事、孤独な仕事だから。たまにはみんなで集まって、わいわいと舞台に立てたらいいな」

■いよいよ本番!66年の時を経て復活

いよいよ本番の日。会場は満席となり、観客の期待は高まる。

舞台裏では、黒川さんが死体役のメイクをしていたところ、舞台スタッフから「黒川さん!まだです!まだです!懐中電灯のシーン」と声がかかる。慌てて顔を拭う黒川さん。

【黒川博行さん】「アホやな…。ごめんね… もう行きます」

ベテラン作家も緊張の面持ちだ。

湊かなえさんは不良少女役でバイクに「乗って!」と叫ぶシーンで会場の笑いを誘う。

朝井まかてさんはセリフを飛ばすハプニングに見舞われるも、「やっぱりやる思いました」と、観客の温かい拍手に迎えられながら再挑戦する場面も。

■「夢のよう」作家たちの新たな挑戦

公演終了後、作家たちは達成感に満ちた表情を見せた。

湊かなえさんは「楽しかった~!やった~! 大成功~!」とよろこび、朝井まかてさんは「なんか夢のよう。嘘みたい。叶う事ならば、あそこだけやり直したい」と振り返った。

66年ぶりに復活した大阪での文士劇。

普段は本でしか接することのできない作家たちの新たな一面を、観客は目の当たりにした。

この経験は、彼らの次なる名作の糧となるかもしれない。

大阪の文化シーンに新たな1ページが加わった瞬間だった。

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