仙台市若林区に小さな映画資料室があります。4千点以上の貴重な資料はほとんどが個人で集めたもので古き良き映画文化を伝えると同時に映画を愛する人たちの交流の場にもなっています。

若林区西新丁にある、築50年のアパート。1階の一番奥の部屋の扉を開けると…スクリーンを眺め、談笑する人々。その周囲にはずらりと並んだ本やDVD。どれも映画に関する資料です。

せんだい映画資料室 太斎義明理事
「映画の図書館みたいなつもりで考えているんですね。どなたでも自由に」
「映画の図書館」。小さなスペースに保存されているのは雑誌や書籍が1500点以上、映像は2500点以上に及びます。

せんだい映画資料室 太斎義明理事
「映画資料室で一番古いキネマ旬報ですね。このへんにあるんですけれども。1954年」

日本で最も歴史のある映画雑誌「キネマ旬報」。せんだい映画資料室には、70年前のこの号から最新号までほとんどが揃っています。ページをめくると往年の映画スターの姿や当時の新作映画の話題など時代時代の映画文化が伝わってきます。他にも…

せんだい映画資料室 太斎義明理事
「これが昔、映画新聞というものが発行されていて1号から50号までをまとめたものなんですね」

40年前、1984年創刊の「映画新聞」。1991年に廃刊となりましたが、最終の156号までが合本の形で残されています。所狭しと並ぶ大量の資料のほとんどは、ある人物が集めたコレクションでした。「せんだい映画資料室」の前身となる「せんだい映画村」の主催者、大石洋三さんです。日本シナリオ作家協会で作家の育成や教育を担当し、映画界の発展に寄与。1978年に仙台に移住してからも映画文化の発信に努め、自主上映会を開催するなど、映画の魅力を伝えてきましたが、病気のため去年8月、84歳で帰らぬ人となりました。

せんだい映画資料室 柴口賢一代表理事
「もう本当に映画中心の人ですね。こちらの書籍をみても分かるように、彼のお宅に行っても書籍が積まれていて本当に映画の人生だったんだろうなと」

病床でも映画資料の行く末を気にしていた大石さんの遺志を、柴口さんや太斎さんたち映画仲間が受け継ぎ、この資料室を運営しています。雑誌や書籍の保存や閲覧だけではなく、名画の上映会も行っています。この日も、映画を愛する人たちが訪れていました。

利用者
「往年の俳優さんたちの映画をたくさん見られるので、いま幸せな人生だと思って」
「古い映画、よさげな映画を皆で楽しんでいる。それがやっぱり面白いんじゃないですか」

古いアパートの一室は映画好きの人たちが交流を深める場にもなっています。1960年代、仙台市内には約30もの映画館がありましたが、現在はわずか4館。今年3月には、仙台駅東口で20年間に渡って愛された「チネ・ラヴィータ」がその歴史に幕を下ろしました。かつての名作を上映する「名画座」も姿を消して久しくなった現在、古き良き映画に触れる機会は少なくなりました。太斎さんは、そんな今だからこそ「せんだい映画資料室」で映画に触れてほしいといいます。

せんだい映画資料室 太斎義明理事
「単に映画の上映会じゃなくて、来てもらっていろんな資料手に触れて、映画の入口になってほしいなと思います」

時代とともに変わりゆく映画文化。その文化と多数の資料が古いアパートの一室で受け継がれています。

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