スポーツクライミング男子複合決勝、ボルダー第2課題に臨む安楽宙斗=ルブルジェ・スポーツクライミング会場で2024年8月9日、和田大典撮影

パリ・オリンピック スポーツクライミング男子複合 決勝(9日・ルブルジェ・スポーツクライミング会場)

安楽宙斗選手(17)=JSOL 銀メダル

 長い腕を生かしてひとたび壁に吸い付くと、力感のない動きから異次元の速さでスルスルと上部に到達する。安楽宙斗選手についた異名は「脱力系クライマー」。17歳の現役高校生が初出場の五輪でも、重圧とは無縁のプレースタイルで壁を駆け上がった。

 競技を始めたのは、ダイエット目的でクライミングジムに通い始めた父についていったことがきっかけ。小学2年の時だった。「保育園のころから木登りとかが好きだったので。クライミングもすぐにハマりました」。夏休みはほぼ毎日ジムに通って、壁を登った。

 最初は仲間と一緒に登るのが楽しくて「遊びの延長」との感覚だった。それが次第に国内外の大きな大会で好成績を収めるようになり、意識が変わった。飛躍を遂げたのは昨季。初参戦したワールドカップ(W杯)で、登る高さを競うリードで3勝、課題(コース)の完登数を争うボルダーで1勝を挙げて、両種目ともに年間総合優勝に輝いた。

 プレースタイルこそ「脱力系」と表されるが、練習内容はむしろ正反対だ。基本的に練習は一人。体力の限界まで壁に張り付いて腕(の筋肉)を張らせて、短い休憩を挟み、またすぐ張り付く。「一人で痛い、痛いと葛藤して耐えていく。本当に孤独で精神的にもこたえる」と厳しい練習に取り組んだ。身長170センチ弱と海外選手に比べると小柄だが、両腕を広げた長さはむしろ安楽選手が上。恵まれた体格もいかし「体がきつく力に頼りたくなる状況になるほど、力を抜くことができるようになった」と唯一無二の武器を手に入れた。

 安楽選手は「クライミングでは『うまく』登ることも大事。後は何事にも動じないように普段から疲れた顔をしないとか、体がきつい時こそゆっくり丁寧な動きを心がけるとか。そうした自分らしいやり方には、プライドもある」という。

 「一つのことに熱中するタイプ」と自認する性格も成長を後押しした。父武志さん(42)は、幼少期の安楽選手の印象的な姿がある。気に入った音楽があると、歌詞はもちろん、その歌全体の時間も記憶して、言い当ててみせた。武志さんも「スイッチが入った時の集中力の高さがすごい」と驚いた。そんな安楽選手には、地道に課題を一つずつ潰していくクライミングの競技特性が合っていた。

 これまでは自分のプレーのことを第一に考えてきた安楽選手だが、五輪代表に選ばれて注目度が高まると、どのようにクライミング界を盛り上げられるかを自宅でもよく話すようになったという。「クライミングは普通の人が、特別な準備もせずに手軽に触れることができるスポーツ。クライミング、面白いなって単純に広まってほしい。そのために五輪ではいいところを見せたい」。理想を実現するための結果を手にした青年が、パリの風を受けて、さわやかにほほえんだ。【パリ角田直哉】

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