太平洋戦争開戦から2カ月後の1942年2月、落盤による大規模な水没事故で朝鮮半島出身の労働者136人、日本人労働者47人の計183人が亡くなった山口県宇部市の海底炭鉱「長生(ちょうせい)炭鉱」で29日、残されたままの遺骨収容に向けた潜水調査が始まった。調査は30日までで、坑内の状況を踏まえて今後の本格的調査について検討する。調査を実施する市民団体は「遺骨を故郷に返したい」とする。
長生炭鉱は瀬戸内海の床波(とこなみ)海岸にあった。沖には「ピーヤ」と呼ばれる排気・排水用の円筒2本が海面から突き出た形で残る。
29日はダイバーの伊左治(いさじ)佳孝さん(36)らが岸に近い方のピーヤから入った。ピーヤ内には雨水とみられる淡水がたまり、水面下約23メートルにパイプや木片などがあって、坑道には進めなかった。伊左治さんは「ピーヤから坑内に潜るなら、パイプなどの取り出し作業が必要になる」と語った。
調査しているのは地元の市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」。91年に結成され、毎年追悼式を催してきた。遺骨の収容も政府に求めてきたが、厚生労働省は「埋没位置や深度などが明らかでなく、現時点で調査は困難」とする。
会は「これ以上、遺族を待たせられない」と収容に向けた調査の実施を決め、クラウドファンディングで資金を集めた。9月下旬、事故後に閉じられた坑道への出入り口(坑口)を海岸の地下約4メートルで発見。30日は坑口からダイバーが入って坑道内の状況を確認し、遺骨が見つかれば収容する。ピーヤ内の調査は以前にも実施されたが、坑口から入るのは初めてとなる。
会の井上洋子共同代表は「何より無事にできてほっとしている。30日の調査では何か手がかりが出てくるのではと期待している」と話した。【福原英信】
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