北海道・知床半島沖で観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」が沈没し、乗客乗員26人が死亡・行方不明となった事故は、23日で発生から2年となる。第1管区海上保安本部は業務上過失致死容疑で捜査しているが、立件には至っていない。捜査が長期化する背景には、原因特定の困難さに加え、「責任の所在」という特殊な事情も抱えている。
事故は令和4年4月23日、半島西側の観光名所「カシュニの滝」沖で発生。運輸安全委員会は昨年9月、カズ・ワン船首付近のハッチから浸水したことが原因とする調査報告書を公表した。事故の約1週間前に撮影された写真や、2日前の救命訓練参加者の証言などを根拠に、「ハッチのふたの密閉が不十分だった」と指摘した。
だが、ハッチのふたは50センチ四方と大きくない。航行中の揺れでふたが開き、1メートルを超える波が甲板部に打ち込んで船体内部に流入したとしても、沈没するほどの浸水だったと断言できるのか。海保幹部は「報告書の内容はどれも推論に過ぎない」と首をかしげる。
海保は検察当局と協力し、専門家を交えて再現実験を実施。事故原因の科学的な裏付けを急いでいるが、船が単独で沈没し、事故の瞬間を目撃した人もいないことから、刑事責任を問う前提となる事実認定に慎重になっているとみられる。
もう一つの焦点は、事故で豊田徳幸船長=当時(54)=が死亡する中、運航会社「知床遊覧船」の運航管理者だった桂田精一社長(60)の過失を問えるかどうかだ。報告書によれば、社長は「天候が悪くなれば引き返すと思った」「ハッチの不具合は報告を受けていなかった」などと説明したという。
業務上過失致死罪は、個人が事故の具体的な危険を予見でき、結果を回避できた可能性があったかどうかが成立要件となる。知床事故では、現場にいなかった桂田社長が注意義務を怠り、事故の予見が可能だったことを客観的事実に基づき立証できなければ、刑事責任を問うのは難しい。
一方で管理責任が問われたケースもある。
平成28年に長野県軽井沢町で15人が死亡、26人が重軽傷を負ったスキーバス事故では昨年6月、長野地裁が運行会社社長と元運行管理者の刑事責任を認定。死亡した運転手の技量不足が直接原因としながら、その運転手を漫然と業務に従事させたとして「それぞれの過失の競合で事故が発生した」と結論付けた。
海保側もこうした過去の判例を精査しているとみられ、事故の重大性を踏まえ、組織としての安全対策の不備を追及したい意向だ。ただ、海保幹部は「船の安全は一義的な責任を船長が負う。社長の過失を問うには、まだ高いハードルがある」と本音を漏らした。
観光船社長を提訴へ
知床観光船沈没事故では、北海道や千葉県などに住む乗客14人の遺族らが5月にも、運航会社「知床遊覧船」と桂田精一社長に対し、損害賠償を求める訴訟を起こす。不明者6人も法律上の「死者」として扱う手続きが取られており、一部の家族は原告団に加わる見通し。
「2年がたっても心の中は何一つ変わらない」。事故でおい=当時(22)=を失った北海道内に住む叔父(51)は、節目を前にこう話した。おいと一緒に乗船していた交際相手の女性も事故に巻き込まれた。
叔父によれば、事故の約1カ月前、おいが女性を連れて叔父宅を訪れた際、「彼女と一緒になるから」と照れくさそうに話した表情が今でも忘れられないという。
叔父は「桂田(社長)への憤りが消えることはない」と語気を強めたが、今月23日に事故現場の斜里町で行われる追悼式には参加しない。「区切りというか、何か報告できるようなことがない限り、どうしても参加する気にはなれない」
北海道帯広市の男性(51)は、元妻と7歳だった息子の行方が分からないままだ。訴訟に参加するため今年2月、息子について、法律上亡くなったものとする「認定死亡」の手続きをした。原告となるには「遺族」である必要があったためだ。市から3月末に電話で受理を告げられた。命日は「令和4年4月23日」となっていた。
2人がこの世にいないとはどうしても思えず過ごしてきた。「あくまで書類上のこと」と自らに言い聞かせたが、手続きに踏み切るまで2カ月ほど悩み続けた。葬儀は行わないという。(白岩賢太)
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