テイラー・スウィフトさんの来日公演で理解のなさを感じたという身体障害のある男性=2024年3月16日午前11時7分、黒川晋史撮影

 4月1日の改正障害者差別解消法施行に合わせて内閣府が2023年10月に設置した窓口への障害者や事業者からの相談が3月までの半年間に1000件を超えそうだ。改正で民間事業者に障害者への合理的配慮義務が課されたが、今も障害者が不便を感じる場面は多い。取材に応じた身体障害のある男性(55)も米人気歌手、テイラー・スウィフトさんの2月の来日公演で理解のなさを感じたという。

「安全上」からスペース限定

 男性は事故で脊髄(せきずい)を損傷して四肢に障害があり、車椅子を使っている。「体は常にどこかが痛い。でもライブに夢中になっている間は痛みを忘れられる」。スウィフトさんが東京ドーム(東京都文京区)で公演すると聞き、妻、娘と一緒に鑑賞することを楽しみにしていた。

 23年6月、チケットを購入するためウェブサイトを見ると、車椅子スペースはステージに近いグラウンドのアリーナ席にはなく、スタンド席のみだった。サイトには「安全上」の理由と書かれていた。男性は「またか、とがっかりした。なぜ、いつまでも変わらないのか」とため息をつく。

 男性はこれまで10回ほど車椅子で音楽公演を鑑賞してきた。東京ドームでも西武ドーム(埼玉県所沢市)でもアリーナ席に車椅子スペースが設けられたことはあったものの、そうした例は少なかった。

「視界の妨げ」に深まる疑問

 疑問を感じつつ購入した男性は12月、都障害者権利擁護センターにメールで合理的配慮について見解を尋ねた。都は国に先立ち、18年に事業者の合理的配慮を条例で義務化し、センターで相談を受け付けている。

 センターは男性の疑問を主催者側に伝えたうえで、主催者側の回答を男性に報告。アリーナ席に車椅子スペースを設置することは物理的に可能としたものの「付近に多くのメディアのカメラが入り、行き来するカメラマンが視界の妨げになる可能性が非常に高い」との説明だった。

 安全上の理由とは異なる「視界の妨げ」という回答。男性は「答えになっていない。カメラマンと重ならない配置で席を用意することはできなかったのか」と首をひねった。

「いろいろな人いるのに」

東京ドーム

 スウィフトさんの東京ドーム公演は4日間で約22万人を動員した。初日の2月7日、記念撮影やグッズを買い求める客で混雑する中、男性は開場1時間前から受け付け開始を待った。

 車椅子スペースは一般席と違い、先着順で場所が決まる。見えやすい位置を確保するには早くから並ばなければならない。同行した記者に、男性は「整理券を配ってくれれば、寒い中で並ばずに済むのに」とつぶやいた。

 安全上の理由でスタンド席に設けられた車椅子スペース。平らなグラウンドのアリーナ席と違って段差があり、前方の柵が低く公演中も恐怖を感じたという。妻子は別の一般席に座り、一緒に見ることはできなかった。

 「家族で楽しみたかった。主催者にはいろいろな人がいることをもう少し考えてほしい」。公演後、男性は訴えた。

「差別では」問い合わせ多く

 障害者差別解消法は、行政機関や事業者に対して、障害を理由とする「不当な差別的取り扱い」を禁止する。障害者の活動が制限される社会的な障壁があった場合、本人から申し出があれば、負担が重すぎない範囲で個々のニーズに応じる「合理的配慮」を講じるよう求めている。

 事業者の合理的配慮はこれまで努力義務にとどまっていたが、改正法で義務化された。事業者と障害者の「建設的対話」を通じて共に対応策を検討することも促している。

 内閣府によると、相談窓口の「つなぐ窓口」には2月までの5カ月間に障害者や事業者から計827件の相談が寄せられた。2月は211件と月別で最多で、3月も多いという。

 スウィフトさんの公演で、男性への対応は適切だったのか。都の担当者は取材に「法令には差別に関する画一的な基準が示されていない。あくまでも個々の対話による問題解決を目指している」として判断を示さなかった。

 ただ、内閣府の障害者施策担当者によると、今回の公演に限らず座席について「限られた場所でしか見られないのは差別ではないか」という問い合わせが相次いでいるという。

 毎日新聞は主催者側にメールや電話で取材を複数回申し込んだが、期限までに返答はなかった。

「社会が取り計らいを」

男性がテイラー・スウィフトさんに宛てた手紙のコピー

 一方、国連アジア太平洋経済社会委員会の社会問題担当官、秋山愛子さん(62)は「差別的な対応があった。障害があってもなくても、誰もが平等に社会に参加できる権利がある。公演を楽しむのも同じで、座席などに制限があるのはおかしい」と問題視する。

 国連は06年、差別を禁じる障害者権利条約を採択。「障害」は個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用でつくり出されており、社会的障壁を取り除くのは社会の責務であるという「社会モデル」の考えが反映され、日本政府も14年に批准した。条約策定に携わった秋山さんは「日本も国内法の整備を進めたが、社会モデルの考えが広く理解されていない。健常者と平等に生活できるよう、社会が取り計らうという意識を速やかに喚起していく必要がある」と指摘する。

 映画館の利用や航空機の搭乗などで障害者を巡るトラブルがあるたび、インターネット上には障害者を「わがままだ」と批判する声があふれる。男性はそうした声におびえつつ、「もっと僕らの声を聞いてほしい」と訴える。

 スウィフトさんは少数者の権利を守る立場で積極的に発言している。男性は、スウィフトさんの米国にある事務所に英語で手紙を送った。「障害に基づく差別を是正するために、あなたの親切な行動が必要です。あなたが全ての人間の平等を支持する人だと信じています」。返事は届いていない。【黒川晋史、堀智行】

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