事故現場で手を合わせる筒井弘子さん。付近には事故後、ガードレールが設置された=北海道小樽市銭函で2024年7月8日午後3時5分、後藤佳怜撮影

 10年前のその日のことは、はっきりと覚えている。海水浴日和の日曜日、ビーチは盛況だった。日が傾きかけた午後4時半過ぎ、慌てた従業員が事務所に駆け込んできた。「ひき逃げだ。人が亡くなったみたい」

 北海道小樽市銭函(ぜにばこ)の海水浴場「おたるドリームビーチ」の近くで2014年、女性4人が死傷した飲酒ひき逃げ事件から13日で10年を迎えた。

 海の家の経営者らでつくるドリームビーチ協同組合元理事長の筒井弘子さん(84)は事件後、飲酒運転撲滅に向けた啓発活動に取り組み続けてきた。突き動かしてきたのは、事件を防げなかった悔恨と亡き娘と重なる被害者たちへの思いだった。

 事件は、ガードレールや歩道のない直線の市道で起きた。道路の左側を歩いていた4人が、時速50キロ以上で走行してきた車に背後からはねられ、3人が頭などを強く打ち死亡、1人が重傷を負った。

筒井さんが献花台に供えた花=北海道小樽市銭函で2024年7月8日午後3時6分、後藤佳怜撮影

 穏やかだったビーチは一変した。

 組合理事長だった筒井さんは、渋滞する車の誘導のため管理事務所でアナウンスを続けた。詳細は分からなかったが、「まさかうちのビーチでこんなことが」と胸のざわめきが抑えられなかった。

 渋滞が収まったのは午後8時過ぎ。翌日、被害者は海水浴帰りの29、30歳の女性たちで、3人が亡くなったと知った。

 筒井さんはその約20年前、娘を31歳で亡くしている。被害者の女性たちが娘と重なり、被害者とその家族のことを思うと胸が張り裂けそうだった。「人生これからという若い我が娘を殺されて、どんなに苦しいか……」

 ただ、筒井さんは複雑な立場に置かれた。ひき逃げした男性運転手は、海の家の一部店舗で7時間半以上、飲酒し、逮捕後には呼気から基準値(1リットル中0・15ミリグラム)の3倍以上のアルコールが検出されていた。ビーチ運営者の一人として、事件を防げなかったことへの自責の念が重くのしかかった。

 事件後の営業自粛に、一部の海の家での建築基準法違反も重なったビーチが営業再開したのは16年。「飲酒運転根絶」の看板をいくつも掲げて再出発した。

筒井弘子さんの知人が記した「飲酒運転根絶」の看板=北海道小樽市銭函で2024年7月8日午後3時6分、後藤佳怜撮影

 組合員の一部からは、「あまり事件に触れたくない」との声もあった。だが、筒井さんには事件と向き合う道しか見えなかった。「事件を防げなかったビーチとして、二度と飲酒事故を起こさない啓発をするしかない」

 酒類の提供時には運転手は飲まないことを確認し、「家族や友人、職場の人も、飲酒運転の車に乗らないで」と呼びかけた。道警や道の飲酒運転防止啓発活動には欠かさず参加し、マイクを握って何度も根絶を誓った。

 刑罰の重い危険運転致死傷罪の適用を求めて遺族らが起こした署名活動にも参加し、街で署名を募った。「行動を続けるのが、私にできることでした」

 理事長としての活動の傍ら、筒井さんは事件の約半年後に市民団体「花海道」を結成。童謡「ゆうやけこやけ」のメロディーに合わせて歌う、「飲酒運転をなくすためのうた」を作った。

 「楽しい思い出語りつつ 歩むうしろに黒い影 ああ青春の夢消した あの日の涙を忘れない」

「飲酒運転をなくすためのうた」の歌詞カード=2024年7月11日午後4時54分、後藤佳怜撮影

 おたるドリームビーチから、「飲酒運転をなくす誓いの灯」をともしていきたいという思いを込め、飲酒運転防止の式典や集会で参加者と歌ってきた。

 事件の翌年に道が施行した飲酒運転根絶条例で、7月13日は「飲酒運転根絶の日」とされた。今年も、その日がやってきた。

 筒井さんは現場での献花式で、自らラミネート加工した歌詞カードを配り、警察官、参列者らと一緒に歌う予定だ。

 「歌詞カードを車において、ドライブ中に親子で歌ってほしい。子供の歌を聴いた大人は、飲酒運転なんてできないはずだから」。草の根で飲酒運転をなくす誓いを広げたいと、切に祈っている。【後藤佳怜】

事故現場を訪れ、「飲酒運転をなくすためのうた」の歌詞カードを手に思いを語る筒井弘子さん=北海道小樽市銭函で2024年7月8日午後3時3分、後藤佳怜撮影

小樽飲酒ひき逃げ4人死傷事件

 2014年7月13日午後4時半ごろ、おたるドリームビーチに通じる市道で、海水浴帰りの女性4人がはねられ、3人が死亡、1人が重傷を負った。車を運転していた飲食店従業員の男性(当時31歳)が自動車運転処罰法違反(過失致死傷)などで逮捕、起訴されたが、遺族がより刑罰の重い危険運転致死傷罪の適用を求め、札幌地検が訴因変更。札幌地裁は15年7月、求刑通り懲役22年の判決を言い渡し、札幌高裁は同12月、男性の控訴を棄却。17年4月、最高裁が上告を棄却し、判決が確定した。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。