熱中症対策で使うエアコンにより真夏の電力需要は高まっている

「室内ではエアコンを我慢せず使用しましょう」。地域によっては40度に達する最高気温を伝えるニュースでは、こんなフレーズが出てくる。夏場の1日の家庭の電力消費をみるとエアコンは3割超を占める。体調優先ではあるが、使えば当然、電力消費は膨らむ。

需給調整市場、全面開場1カ月で一部取引中止に

東京電力ホールディングス管内をみると、2023年に最も電力が必要だったのは8月4日。ピーク時には6300万キロワットの電力が必要になった。大型の火力発電所や原子力発電所で単純計算すると63基分にもなる。

電力は需要と供給が一致しないと停電が起きる。地域ごとにわかれた送配電会社が、発電会社から買ったり、市場から調達したりして太陽光発電などの急な発電量の変化に対応しているが、その市場に混乱が生じている。

電力を調達する市場はいくつかあるが、24年4月に全面的に開場した「需給調整市場」が1カ月で見直しに追い込まれた。①来週②明日――に足りなくなりそうな電力を確保する市場で、週1度の翌週分の取引で確保できなかった分を前日に追加調達する仕組みもできた。

蓋を開けてみると、送配電会社が募集する量に対し、発電会社が市場に出す電力量が圧倒的に少なかった。「もっと市場に出ると思っていた。4月初めにオヤっと感じ、中旬にはまずいぞとなって対策を協議した」と、ある送配電事業者は明かす。

電力を調達する手法は様々あり、セーフティーネットの「余力活用契約」と呼ばれる手段を使い、停電にならないように送配電会社は電力を確保している。

ただ「まずは市場で調達し、最後は『余力』に頼る」という当初の想定は崩れ、市場では確保できず「余力」にすがる日々が続いている。

膨らむ東電の調達費用、4月分だけで23年度分に迫る

もう一つ浮かび上がったのが価格の問題だ。買い手の送配電会社の募集量に供給量が届かずに「未達」の状態のため、ルール上、市場に出た電力は全てその値段で買う形になる。そのため、高い値段が付けられた電力も送配電会社が買うことになった。

太陽光など再生可能エネルギーの発電予測のズレを補う電力を確保する取引では、他の取引と異なり、発電事業者が市場に出す際の値付けの上限がない。

資源エネルギー庁の資料で東京の例をみると、揚水発電事業者が出した電力の平均単価は2円だったのに、蓄電池から放電して電力を供給する事業者は470円だった。単純計算で、同じ用途に使う電力が235倍の値段で売られた形だ。

この取引では、供給量に占める蓄電池のボリュームは大きくなく、揚水発電が中心だ。ただ、関係者によると、一定の供給量を占める火力でも一部で高値で市場に出されていたという。

市場は地域ごとにわかれている。エネ庁の資料によると、4月の東京でのこうした電力の調達費用総額は74億円だった。これは23年度の1年間の調達費用83億円に迫る金額だ。つまり、買い手である送配電会社の東京電力パワーグリッドが1年間の予算をわずか1カ月でほとんど使ってしまったという意味合いになる。

送配電網の需給調整にかかるこうした費用は、基本的に電気代などとして国民の負担に跳ね返る。東電パワーグリッドやエネ庁は一部の取引の中断や、募集量の削減策を打ち出し、今もその措置が続いている。

新規参入狙い上限設けず、市場活性化なら安価に調達可能の見方

価格の上限を設けなかったのは様々な事業者による参入を促す狙いがあったとエネ庁は説明している。同庁が5月に開いた有識者会議では、オブザーバーとして参加していた電力需給管理のエナジープールジャパン(東京・港)の市村健社長が「性善説で制度設計するのは無理がある」と指摘した。

ある発電会社の担当者は「市場が活性化すれば高い値段の電力を買う事態から脱することができる」と話す。上限価格を設けたり、募集量を減らしたりする「『負のループ』に陥らず、市場に出すインセンティブが高まるよう制度を見直せば、利益を出しやすくなり市場が活発になる」とみる。

東日本大震災での計画停電などを受け、政府は電力システムの改革に取り組んできた。発電と送配電の事業者を別企業にしたり、電力小売りを全面的に自由化したりした。

電力を取引する市場も順次、整えてきたが、試行錯誤が続く。ウクライナ戦争などで燃料が高騰して価格が上がり、発電所を持たずに市場で調達して新規参入した新電力の経営が厳しくなる事態もあった。

70年以上変わらぬ電力会社の体制

記者会見で新会社設立を発表する中部電力、JERA、東京電力のトップら(2015年)

地域ごとに電力を調整する「9電力体制」は1951年に始まり、沖縄返還で沖縄電力が加わり「10電力体制」になった。震災と原子力発電所の事故を契機に、東電と中部電力の発電部門などが統合しJERAが誕生したが、大きな再編はそれだけで、70年以上、大枠は変わっていない。欧州では電力会社から送電部門を分離し、公正な送電線利用を進める国もある。

政府は中長期のエネルギー政策の方向性を示すエネルギー基本計画を年内にまとめる。想定通りの収益改善が進んでいない東電の再建計画の見直し議論も6月に始まった。

異常に暑い夏は、エアコンによる電力需要を生むだけでなく、一人ひとりに気候変動対策の重要さを痛感させたはずだ。電力を低コストで安定して得られるようにしつつ脱炭素も進展させるには、左右の極端な議論や小手先の改革案にとらわれず、自分事として現実解を考えていく必要がある。

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