新たな紙幣が発行される7月3日まで1週間となった。そもそもなぜこの時期に新紙幣を発行するのか。新たな紙幣に採用された技術とは。いつから入手できる? 新紙幣にまつわる疑問やトリビアをまとめた。(石川智規、山田晃史)

◆発行は日銀、デザインを決めるのは財務省

 日本の紙幣は「日本銀行券」と呼ばれ、その名の通り中央銀行である日銀が発行している。発行主体は政府ではない。印刷も造幣局ではなく、独立行政法人の国立印刷局(東京都港区)が担う。お札の肖像や様式は財務省が担当し、発行元は日銀、製造元は国立印刷局。最終的には財務大臣がデザインなどを決定する。

新しく発行される(上から)1万円、5000円、1000円の紙幣サンプル

 お札の図柄やデザインを変えることを「改刷」という。今回の改刷は、財務省が2019年に発表した。主な理由は「偽造抵抗力強化等」。つまり、偽造防止の強化策の一環というわけだ。

◆偽造防止、多様性にも配慮

 この時、新1万円券に渋沢栄一などの図柄が公表され、新たなホログラムを使った偽造防止技術を導入したり、誰にでも見やすいデザインや色味を使う「ユニバーサルデザイン」を採用することも合わせて発表された。たとえば数字の大きさは現紙幣よりも新紙幣の方が大きくした。年齢や国籍、障がいの有無にかかわらず多くの人が簡単に使えるお札を目指したためという。

新しく発行される(上から)1000円、5000円、1万円の紙幣サンプルの裏

 近年、改刷はおおよそ20年ごとに行われている。国立印刷局の担当者によると、仮に偽造券が出回った場合は「緊急改刷」が行われることもあり得るというが、日本の偽造防止技術は世界一とされ、改刷ペースは自然と約20年ごとになっているのだという。

◆戦後6回目の発行で「F券」

 お札をつくる国立印刷局は、明治4(1871)年に「大蔵省紙幣司(しへいし)」として創設された。明治10(1877)年に国産第1号紙幣となる「一円券」を発行した。ただし、これは日銀創設前の「国立銀行紙幣」。日本銀行券の第一号は1885年5月発行の「旧十円券」で、表面には大黒天が描かれた。以後、印刷局はこれまで53種類のお札を発行している。

紙幣を傾けたり、光の当たり方で見え方が変わる3Dホログラムの肖像

 戦後の1946年に発行されたお札は通称「A券」と呼ばれる。以後、デザインが変わるごとにアルファベットが振られてきた。57年から発行された聖徳太子の5000円札と1万円札などは「C券」。2000年発行の2000円札「D券」などを経て、今回発行される新紙幣は「F券」となる。

◆「旧札回収サービス」は詐欺!

 新紙幣が発行されても、これまで発行された旧紙幣は引き続き世の中で使えるので留意したい。「現行の日本銀行券が使えなくなる」と言われることがあるかもしれないが、それはウソ。「旧紙幣の回収サービスです」などと言われたら、詐欺だと思っていい。  新紙幣の「顔」は、1万円札が日本経済の礎を築いた渋沢栄一、5000円札が津田塾大を創設した津田梅子、1000円札は「近代日本医学の父」と呼ばれる北里柴三郎の3人で構成される。

◆肖像選定に「写真があるか」も重要

 お札の図柄に選ばれる人には基準がある。法律などで決まっているわけではないが、国立印刷局によると次のような理由で選ばれているという。  ・なるべく精密な写真が入手できること
 ・品格のある紙幣にふさわしい肖像であること
 ・人物が広く国民に知られており、業績も認められていること  知名度や業績はもちろん、その人の風貌や写真の有無がデザインを左右することになる。今回の新紙幣の3人は、それぞれ複数枚の写真を参考に国立印刷局の工芸官が肖像画を描いた。

1万円の新紙幣サンプル(表)。右は透かしで見ることができる肖像

 渋沢は全盛期とされる60代の姿がお札になっているが、肖像に向く60代の写真がなく、晩年の写真などを参考に想像して描かれた。若いころから晩年までの写真があった津田は、津田塾大を創設した30代の顔をイメージした。北里は50代の姿の肖像画にしている。さらに、それぞれ細かい点や線で描くことによって偽造しにくいデザインを施してある。まねをしようとすると違和感のある表情になるという。

◆2024年度は29億5000枚発注

 紙幣を印刷しているのは以下の国立印刷局4工場だ。

国立印刷局東京工場

 ・東京工場(東京都北区)
 ・小田原工場(神奈川県小田原市)
 ・静岡工場(静岡市)
 ・彦根工場(滋賀県彦根市)  ちなみに、紙幣となる紙をつくる工場は小田原と岡山にある。日銀が国立印刷局に紙幣の製造を委託し、印刷局が日銀に納入する流れ。日銀が24年度に発注したのは29億5000万枚。うち、1万円札は約18億枚、5000円札は約2億枚、1000円札は約9億枚を発注した。  印刷局の各工場では、共通の「色見本」などをもとに大きさや色味などが均一な紙幣をつくる。印刷局の担当者は「工場によって色や形が違うことはありえない」と強調する。たとえばビール工場などは工場によって地域の水や原料を使うことから微妙な味の差があるとされるが、お札の場合はそうはいかない。

◆1枚作るのにいくら?「非公表」

 お金の話だけに、お札をつくるにはいくらかかるかも気になる。ずばり、お札のコストは? 国立印刷局に聞いたが、「非公表」として明かさなかった。紙幣に詳しい専門家によると「数十円ほどとみられる」というが、詳細はさだかではない。

図柄が印刷されていく新紙幣=国立印刷局東京工場で

 ちなみに、米国の中央銀行である米連邦準備理事会(FRB)は、各紙幣の印刷コストを以下のように発表している。 ・1ドル札(約159円)=2.8セント(約4.5円)
・5ドル札(約795円)=4.8セント(約7.6円)
・10ドル札(約1590円)=4.8セント(約7.6円)
・20ドル札(約3180円)=5.3セント(約8.4円)  思った以上に安いコストにみえるが、世界でもっとも発行されている紙幣だけに、大量生産によるコスト抑制効果が効いているのかもしれない。

◆発行は7月3日 現物を手に入できるのは…

断裁される新紙幣=国立印刷局東京工場で

 日銀によると、発行日の7月3日から金融機関の求めに応じて新紙幣を送るという。広報担当者は「その後の流通は金融機関の対応次第」と話す。まずは銀行などの金融機関に行くのが良さそうだ。  金融機関はどう対応するのか。三菱UFJ、三井住友、みずほのメガバンク3行は発行翌日の4日から順次、支店などで両替を始めるという。ATM(現金自動預払機)で引き出すのではなく窓口で両替するのが確実というが、新紙幣の入手は早くても4日になる。ただ、支店によって両替の開始日にばらつきがあるため、注意が必要だ。 

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