山あいに、のどかな田園風景が広がる山形県金山町。中心部には白壁に焦げ茶色の切り妻屋根が美しい建物が並ぶ。スギの木をふんだんに使った町のシンボル「きごころ橋」の近くにあるカフェ。かつてそば屋だったという畳敷きの店の片隅に本を並べるのは川村佳恵さん(24)。週1回、小さな移動式書店「かぷりば」を開いている。
盛岡市で生まれ、幼い頃から読書をするのが好きだった。高校では文芸部に所属、短歌に親しんできた。東京の大学では「まちづくり」を学んだ。「特に中山間地のコミュニティーのあり方に関心があり、もっと地元に根ざした活動をしていきたい」と地域おこし協力隊に応募し、金山町へと赴任した。
出版文化産業振興財団の調べでは、書店ゼロの自治体は3月時点で482市町村で、全体の27・7%に増加している。この町にも書店や独立した図書館がなく、川村さんが着任してまず取り組んだのは、本を通して人々が集まる交流の場を作ることだった。
大手取次会社を通さずに本を入荷する独立系書店「ワープホールブックス」(東京)の協力を得ながら、書店を開く準備を一から始めた。店名は町の名所「大堰(ぜき)の鯉」のコイ(カープ)と自身の名字、川(リバー)を縮めて「かぷりば」と名付けた。はじめは50冊程度の本でイベント会場などに出向く移動式書店として出店、5月からカフェでの販売も始めた。
「本を買ってくれる人がいるのか心配だったが、想像以上に立ち寄ってくれる人がいた」と川村さんは手応えを感じた。現在は自身のおすすめ本をはじめ、絵本や小説、エッセーなど100冊ほどに増やした。最近はレシピや野草の本が売れるという。また、お客さんの要望に応え、本の注文も受けるようになった。
「20~30年くらい前はこの辺でも雑誌くらいは売っている店があったけど、いつも隣の新庄市まで本を買いに行っていたので助かるわ」。鈴木真知子さん(77)は注文していた平安時代に関する本を受け取ると、笑顔をみせた。「主人が亡くなってね。それまであまり自分の時間を持つことができなかった。今はゆっくり読書をしているの」。購入後、たまたま店で居合わせた知人との会話を楽しんだ。
川村さんは子供たちとの関わりも大切にしている。「自分は読書をすることで新しい世界が広がった。子供たちに読書を通して人生の選択肢が増えてほしい」と期待を込める。8月、地域のイベントで出店した時には書店の取り組みに興味を持った地元の子供たちと一緒に店番をした。
「店員さんだけでなく、お客さん同士が交流できて、お互い発信できる場は貴重。また、町内外の人たちが深く関係を築き、観光だけでなく何回もこの町に来ていただけたら」と川村さん。将来は1000冊ほどの本を販売できる店舗を持ち、書店でしかできない集いの空間を作りたいと考えている。【竹内幹】
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