リーは反乱軍に包囲された大統領の取材を試みる A24ーSLATE

<ジャーナリストの目を通して観客を説明なしに暴力のカオスにたたき込む『シビル・ウォー』が日本公開中だ。その衝撃と魅力とは?>

近未来なのか現在なのか時代は分からない。大統領(ニック・オファーマン)の名前や政党も明かされない(ただし彼の演説は不気味に強権的だ)。アメリカを引き裂き、都市部を戦闘地帯に変えた内戦の性質も説明されない。

アレックス・ガーランド監督(『エクス・マキナ』)の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』において、アメリカが暴力的なカオスに陥った理由と経緯は二の次なのだ。


ガーランドはそのカオスのただ中に観客を放り込み、ドラッグストアや衣料量販店が立ち並ぶ見慣れた町が戦場と化す様を見せつける。そこでは建物の屋上に狙撃兵が立ち、武装集団が独自の残忍な法を執行している。

脚本は時に腹立たしいほど曖昧だが、イデオロギーの亀裂が現実と異なることは特に強調される。政府を脅かしている分離独立主義組織「西部勢力」は、テキサス州とカリフォルニア州の連合。現在の共和党と民主党の勢力図からは、とても想像できない同盟関係だ。

フロリダ州では別の反政府運動が起きているらしい。町では暴力が猛威を振るい、秩序は崩壊している。序盤の会話によれば内戦が始まったのは14カ月前だが、そんな短期間で国がここまでディストピア化するとは思えない。とはいえこの映画の肝は、現実味より、腹に響くインパクトだ。

ガーランドはダニー・ボイル監督のゾンビホラー『28日後...』の脚本から出発し、アクションビデオゲームの脚本で受賞経験もある。注目の映画制作会社A24が過去最高の製作費を投じた『シビル・ウォー』は、ホラーとゲームを融合した趣。観客がプレーヤーとなり、ゾンビではなく武装した市民に襲われるのだ。

戦場写真家のリー・スミス(キルスティン・ダンスト)は、報道陣の拠点となったニューヨークのホテルに籠もっている。西部勢力が首都を制圧しつつあると知り、相棒の記者ジョエル(ワグネル・モウラ)と車でワシントンに向かう計画を立てる。反乱軍に包囲された大統領のインタビューを取るのが目的だ。

恩師のサミー(スティーブン・マッキンリー・ヘンダーソン)は狂気の沙汰だと2人を止める。だが考えを変え、高齢で足も悪いが自分も同行させてくれと頼む。

さらにリーの反対を押し切り、20代でフォトジャーナリスト志望のジェシー(ケイリー・スピーニー)が一行に加わる。リーに憧れるジェシーだが、戦場体験はない。

無鉄砲なジェシーのせいで旅の危険は高まる。一方若い彼女の存在に影響され、リーは戦場でのつらい記憶を長年封じた末に自分が疲弊し、ドライな人間になっていることを思い知る。

道路に車が乗り捨てられ、人影も消えたアメリカ ©2023 MILLER AVENUE RIGHTS LLC; IPR.VC FUND II KY. ALL RIGHTS RESERVED.

首都への道すがらガソリンスタンドで自警団と一悶着あり、廃墟となった遊園地では銃撃戦に巻き込まれる。先には有色人種を嫌う過激派の男(演じるジェシー・プレモンスはダンストの夫)との息詰まる対峙も、待っている。

ガーランドは何の説明もなしに観客を内戦の渦中にたたき込むという大胆な手に出た。そのカメラをどこに置き、緊迫の場面をどれだけ引き延ばすかといった映画的センスは、随所で光る。


民間人の殺し合いや拷問、人間性の堕落が強烈に表現されるため、見ていて心も体も消耗する。だがガーランドが何を追求したかったのかは、最後までよく分からない。

これは今のジャーナリズムの在り方に対する批評なのか、それとも最前線で体を張る記者への賛歌なのか。テーマがその中間にあるのなら、ガーランドは自分をどこに位置付けるのか。主人公たちが時折見せる道義的に怪しい行動を、観客はどのように捉えればいいのか。

過剰にスリルを求めるアドレナリン中毒のジョエルとジェシーは、市街戦や処刑を取材しながらにやりと笑う。

また一行は後半で、特に冷酷な反乱勢力と行動を共にする。これが記者魂が地に落ちたことを示すのか、それともジャーナリズムを生き永らえさせるための譲歩なのかは、明確にするべきだろう。

米国を象徴する「問い」

つじつまの合わない点もある。インターネットも産業インフラも崩壊したのなら、ジョエルが発信する記事やリーが何時間もかけてアップロードする写真を一般人はどうやって見ているのか。

ここにジャーナリストのご都合主義への風刺を込めたのなら、21世紀の戦争報道を取り巻く現実をもっと具体的に見せてほしかった。今は記者が戦場でかつてない命の危険にさらされる時代なのだから、なおさらだ。

「おまえは、どの種類のアメリカ人だ?」。迷彩服と赤いサングラスを身に着けたプレモンスのキャラクターが、記者の一人一人に銃を突き付けて尋ねる。この映画で最も恐ろしく、秀逸な場面だ(これはまた、内戦の大本に人種差別があることを最も強くにおわせる場面でもある)。

架空のディストピアから比喩の要素を剝ぎ取り、今まさに多くのアメリカ人が互いに、そして自分の胸に問いかけている質問を提示したという意味で、これは今回最も鋭いセリフかもしれない。

プレモンスのくだりがはっきり示すとおり、武器を手にした瞬間、この質問は会話の糸口ではなく罠となる。

『シビル・ウォー』は観客に、リアルすぎる悪夢に閉じ込められた気分を何度も味わわせる。しかし2時間弱で悪夢から解放された観客は、映画について大いに語り合いながら劇場を後にするだろう。

©2024 The Slate Group


Civil War
シビル・ウォー アメリカ最後の日
監督/アレックス・ガーランド
主演/キルスティン・ダンスト、ワグネル・モウラ
日本公開中

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