笑顔がトレードマーク。新作を出すサックス奏者、渡辺貞夫(石井健撮影)

日本を代表するジャズサックス奏者、渡辺貞夫(91)が24日、アルバム「PEACE」をビクターエンタテインメント(東京)から発売する。実に7年ぶりという待望久しいスタジオ録音による新作だ。「え、そんなになるの? 早いなあ、月日がたつのは」と、ジャズの巨人は笑う。

念願のバラード集

スタジオで録音した新作は平成29年の「リバップ」以来。「でも、毎年アルバムを作っている感覚があるので、間が空いたって意識はないんですよね」。実際、昨年まで、ほぼ毎年、ライブ盤を出していた。2月に91歳の誕生日を迎えたが、「ライブは毎月やっています」。精力的に演奏活動を続けている。

「PEACE」は、「ツリー・トップス」など自作曲と「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」などスタンダード曲のバラード11曲をロマンチックに奏でている。

「新婚の頃、歌手、フランク・シナトラの『イン・ザ・ウィー・スモール・アワーズ』というバラード集のアルバムをよく聴いてね。家内も大好きで、将来、自分でもバラード集を作りたいという思いがあったんです」

渡辺貞夫の新作「PEACE」

5、6年前にも取り掛かったが、「気に入らなくて」とお蔵入り。だが、昨年のライブツアーに参加したピアノ奏者、ラッセル・フェランテ(72)、ベース奏者、ベン・ウィリアムス(39)と「作りたい」という強い思いに駆られ、ついに念願をかなえた。

表題曲の「ピース」はモダンジャズの著名なピアノ奏者、ホレス・シルバーの作品だ。

「ロシアのウクライナ侵攻以後、平和を願う曲を探していて、これがあったわけです」

東日本大震災の後、何度も被災地入りし、復興支援曲「花は咲く」をライブの定番曲とするなど、音楽を通じて社会と関わり続けている。

「僕にできることは演奏しかない。音楽が何かサポートというか、お手伝いになればと、そんなことを願ってステージをやっています」

「ピース」は既にライブで取り上げ、独奏で聴かせているという。新作では開幕を飾り、アルトサックスの独奏から始まって、途中からピアノトリオが加わる構成とした。

ブルースはどこへ

日本のモダンジャズの草分け的存在であるピアノ奏者、秋吉敏子(94)のバンドを引き継いで頭角を現した。昭和53年のアルバム「カリフォルニア・シャワー」が大ヒットし、テレビCMで人気俳優、草刈正雄(71)と共演するなど、ジャズの「世界のナベサダ」は、より広く存在を知られるようになった。

「カリフォルニア・シャワー」は当時、最先端の米演奏家を集めて作ったが、「今の米国のジャズシーンは全然分からない。ブルースが感じられない演奏が増えていますよね」と苦笑いする。

スタジオで演奏する渡辺貞夫(提供)

「僕は、ビバップをルーツとしてずっとやってきているわけです」。ビバップは、ブルースを内包し、モダンジャズの出発点となったジャズのスタイルだ。「時代によって〝衣〟は変えたけど、中身は変わっていないっていう感じかな。変わらないから、自分のメッセージ、思いのたけを訴え続けられているわけです」

演奏活動は70年を超えた。「今回のアルバム、過去を振り返るような内容、歌詞の曲が多かったですね。年のせいかな」。アハハハと笑うが、思い出を尋ねると、「振り返るのはやめて、先を見ましょうよ」。あくまで未来志向。

「毎月、ライブ」と話したように、4月は福島、宮城、岩手で演奏し、5月は山口、大分、長崎、福岡のほか東京で新日本フィルハーモニー交響楽団と共演する公演も。

「納得できる音をいまも探し求めています。肺活量は衰え、フレーズが続かないことも増えましたが、サックスを吹くことに飽きることはない。仕事が元気の源。ファンの方が待っていてくれることが励みになっています。いやあ、演奏し続けたいですよね」(石井健)

わたなべ・さだお 昭和8年、宇都宮市出身。高校卒業後に上京、秋吉敏子のコージー・カルテットをはじめ数々のバンドに参加。米バークリー音楽大への留学などをへて、世界を舞台に活躍。53年、アルバム「カリフォルニア・シャワー」が大ヒット。55年、日本武道館公演で3万人を動員。令和3年に音楽活動70周年。写真家として6冊の写真集を出版。

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