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<ドジで可愛いフツーの女の子役から奇想天外なキャラクターへ。鬼才ヨルゴス・ランティモス監督との「最強タッグ」最新作『憐れみの3章』も実験的な作品に──>

嘘でしょ──。

2017年のアカデミー賞授賞式で、初の主演女優賞に輝いたエマ・ストーンは、まるでそう言いたげだった。出演作『ラ・ラ・ランド』は、その年の賞レースを総なめにしていたが、壇上で大先輩だらけの観衆を前にしたストーンは顔が引きつって見えた。


あれから7年。今年3月のアカデミー賞授賞式で、『哀れなるものたち』での演技で再び主演女優賞を受賞したときも、ストーンの表情は硬かった。受賞スピーチのときはリラックスしていたが、名前を呼ばれた瞬間は、何か不安でもあるかのような居心地の悪そうな顔をした。

Emma Stone claimed her second Academy Award, winning the Best Actress trophy for 'Poor Things' #Oscars https://t.co/vMUq2CbrKV pic.twitter.com/ZZlLWGjsVv

— Reuters (@Reuters) March 11, 2024

ひょっとするとそれは、アメリカ先住民として初ノミネートされていた、リリー・グラッドストーンの歴史的な受賞を阻むことになったからかもしれない。

ストーンは15年の映画『アロハ』で、中国系とハワイ先住民の血を引く役にキャスティングされて非難されたことがあり、その種のことに敏感になっていた可能性もある。

だが、それはストーンの20年近いキャリアで、ほぼ唯一バッシングを受けた経験であることは注目に値する。なにしろアン・ハサウェイのように、オスカーを受賞するやいなや、「理由はよく分からないけど鼻につく」とたたかれる俳優は少なくない。

現在35歳のストーンは、同世代で最も才能があり、最も高く評価されている俳優の1人だ。実際、今年の受賞で、アカデミー賞の主演女優賞を2回手にした名優(ほかにジョディ・フォスターやメリル・ストリープがいる)の仲間入りを果たした。

だが、その地位に安穏とするつもりは全くないようだ。

むしろストーンは、名声が高まれば高まるほど、一風変わった(見方によっては奇怪な)役柄に挑戦するようになった。その意欲は、ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督という同志を得たことで勢いづいている。

同監督の『女王陛下のお気に入り』(18年)で、ストーンは18世紀イングランドの女王に仕える毒舌の侍女、『哀れなるものたち』(23年)で新生児の脳を持つ女性ベラ、そして最新作『憐れみの3章』(日本公開は9月27日)で3人の女性を演じて、観客がどこまで自分に付いてこられるか試しているかのようだ。

ブレイクはしたけれど

さらにストーンは、人気バラエティー番組『サタデー・ナイト・ライブ』の脚本などで知られる夫デイブ・マッカリーと制作会社を立ち上げて、独特のコメディー映画やホラードラマなど、冒険的な作品をプロデュースしてきた。

だが、『哀れなるものたち』で多くの賞を受賞したように、ストーンが手がける奇想天外なキャラクターや作品は、一握りの人にしか分からない難解なものに陥ることはない。その摩訶不思議な世界観を共有できて、私たちはラッキーだと思うべきだろう。

ランティモス監督のシュールな世界観がストーンの新たな才能を引き出した。写真は『憐れみの3章』 ©2024 SEARCHLIGHT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

子供の頃からハリウッド俳優になることを夢見てきたストーンが、長年の端役時代を経て、『小悪魔はなぜモテる?!』でブレイクしたのは10年のことだ。

ナサニエル・ホーソーンの純文学『緋文字』を、南カリフォルニアの高校を舞台にコメディーに仕立てた作品、という時点で既に奇想天外だが、ストーンはベテラン俳優並みの肝の座った演技と、はつらつとした若々しさのバランスを見事に取って、観客の心を奪った。滑稽に見えることを恐れない俳優という評判も、この作品で確立した。


『小悪魔はなぜモテる?!』予告編

それから数年は、恋愛コメディー作品や、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズに出演して着実に知名度を上げた。そんな大衆的な娯楽作品のマンネリから抜け出そうとしたのが、14年の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』だ。

ストーンはこの作品で、マイケル・キートン演じる落ち目の映画スターの問題を抱えた娘を好演して、初めてアカデミー賞(助演女優賞)にノミネートされた。それでもそのキャラクターはまだ、普通の人が思い描く「変わった人」だった。

一方、『ラ・ラ・ランド』で演じた俳優の卵ミアは、大スターになることを夢見てハリウッドにやってくるが、才能不足で一度は挫折する。どこかストーンとかぶるこの役で、彼女が初のオスカーを受賞したことは少しばかり皮肉のように思える。

そして受賞後初の出演作が全てを変える映画、『女王陛下のお気に入り』だ。

オスカーを取った俳優は大物を気取りがちだが、ストーンが望んだのはランティモスと組むこと。『女王陛下......』で演じたアビゲイルは主役ですらなかったが、新たな役作りに挑むチャンスになった。

アビゲイルは落ちぶれた貴族の令嬢。社会の最下層に突き落とされた彼女はそこからはい上がるべく冷酷で計算高い女になる。これまでストーンが演じてきた親しみやすいキュートな女性とは大違いだ。

女王の顧問を務めるいとこを頼って宮廷に入ったアビゲイルは、召し使いとして洗い場に回され、ひどいイジメに遭う。理不尽な目に遭った人間が自分の感情にふたをしてリベンジを図るのは、ランティモスお得意のパターン。

アビゲイルは女王に気に入られ、セックスの相手を務めるまでになるが、その過程で感情を一切表に出さない「上昇志向ロボット」と化していく。

『女王陛下......』『哀れなるものたち』『憐れみの3章』と立て続けにタッグを組み、ストーンとランティモスは今やハリウッドの最強タッグの名をほしいままにしている。

ランティモスはストーンに新たな演技の可能性を探る自由を与えた。ストーンは一つ間違えば非人間的な暗い寓話になりかねないランティモス作品に一風変わったおかしみや痛々しいもろさを与えた。


『哀れなる......』のベラは難役中の難役だ。演じ方次第で寓話版ソフトコアポルノに堕してしまう。体は大人で、赤ん坊レベルの脳は急速に成長しつつあるベラ。ストーンは彼女の性の目覚めを生々しい欲望ではなく、未知の現象への好奇心として演じた。

ランティモス作品では、肉体は不都合なシロモノだ。気高い考えを持とうとしても、抑え難い欲望がうずき、自制心を打ちのめす。『女王陛下......』で初めて脱いだストーンは、『哀れなる......』ではちょくちょく裸になる。

だが、この映画のセックスシーンは彼女の肉体的な魅力よりも、体を使ったコメディーの才能を引き出している。ベラは性行為がもたらす不可解な快感を客観的に探ろうとする。これほどぎこちなくて不格好な行為が、なぜこれほど気持ちがいいのか......。

ベラを演じることで、ストーンも自分の可能性を探ったようだ。20年以上人々に愛されるチャーミングな女性を演じてきたけれど、今の自分にはどんな演技ができるのか。

ドン引きされる覚悟で

この映画では彼女は持ち前の豊かな表情をほとんど封殺している。ベラはこれまで彼女が演じてきた役柄とあまりに違うため、観客に与えるインパクトは強烈だ。カリスマ的な磁力を持つ俳優がいきなり磁極を反転させ、観客を跳ね飛ばしても、許されるかどうか試したようでもある。

それに比べれば、新作の『憐れみの3章』は気まぐれな遊びのよう。こちらは3部構成のアンソロジーで、一つ一つの話が緩やかにつながっている。その根底には、状況や力関係は変われど、支配と従属、依存と愛といった人間性の本質は変わらないというランティモスの信念がある。

個性的なキャスト陣と共に、ストーンはこの3部作で3つの役柄を演じる。支配欲に取りつかれた男の性奴隷となる女、海難事故に遭い、別人のようになって帰還した人妻、死者をよみがえらせる施術師を探すカルト信者。

この3人に共通するのは自分の感情をコントロールしようとする強烈な意思だ。そのためストーンはどの役でもほとんど無表情だが、映画の最後のほうでようやくその冷たい仮面が剝がれ落ちる(予告編でちらっと流れる、駐車場で踊るシーンがまさにそれだ)。

新境地を開拓したストーン。今後の活躍が気になるが、21年に主演した『クルエラ』の続編が控えるほか、ランティモスとタッグを組む4作目も契約済み。心理ホラーの鬼才アリ・アスター監督の次作への出演も決まっている。

今年3月のオスカー授賞式でプレゼンターを務めたサリー・フィールドは自身が2度目にオスカーを受賞した際、感極まって「みんな私が好きなのね」と言ったという。ストーンは逆に「みんなに好かれる」ことに戸惑い、どこまでドン引きされるか試そうとしているようだ。


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Kinds of Kindness
憐れみの3章
監督/ヨルゴス・ランティモス
主演/エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス
日本公開は9月27日

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