町田そのこさん=北九州市小倉北区の小倉昭和館で、2024年9月15日、上村里花撮影

 福岡県在住の作家、町田そのこさんの新著『わたしの知る花』(中央公論新社、1870円)が刊行された。2021年に本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』(同)も映画化され、年内にさらに2冊出るという新刊ラッシュの町田さんに話を聞いた。【上村里花】

 「一人の人物を、本人ではなく周囲にいる人の語りから浮かび上がらせる手法の小説を書いてみたかった」と話す。主人公は、どの街にも1人はいるようなちょっと変わった「名物じいさん」をイメージした。「そんな人の人生にこそドラマがあるんじゃないか」と考え、本書の主人公、葛城平(へい)が生まれた。

 ある日、街に現れた“絵描きジジイ”こと、葛城平は、暑い日でも黒の開襟長袖シャツに同色のチノパン姿で、麦わら帽子に画板を下げ、黙々とスケッチをする謎の人物。自らは多くを語らない平の人生が、関わった人たちの語りの中で次第に明らかになってくる。5人の語り手による連作短編だ。

 「自分にとって分岐点というか、新たな原点といえる作品になった」と振り返るが、そこへ至る道のりは険しく、執筆に2年近くをかけた。3章まで書き終わった辺りで、物語がピタッと止まってしまったと明かす。「そもそも自分は平さんの人生の何を描きたかったのか」が分からなくなっていた。試行錯誤の中、平を主人公にした別の長編を書いてみたりもした。最終的に見つけた答えは「恋と愛」だった。恋が生まれる瞬間、恋が愛に変わり、さらに愛が変化していく様をそれぞれの登場人物を通して描いた。恋愛を主軸に置いた物語は自身初で「(恋愛を描ける)自信がついた。今後もいろいろな角度から愛を書いてみたい」と話す。

 テーマが定まったことで、もう一人の主人公ともいうべき存在の女子高校生、安珠が生まれた。当初は第1章だけの予定が、平や祖母の人生を追い、記憶を受け継ぐ者として、全編を通して登場することになった。

 「この物語のキーワードは、タイミング」と町田さん。登場人物たちは大切な人との関係における重要な「タイミング」を振り返る。あの時ああすれば、ああ言えば――一つのすれ違いが2人を決定的に分けることもある。平は自分がタイミングを逃してしまったからこそ、安珠にアドバイスする。

 物語の中で重要な役割を果たす人物が、安珠の幼なじみの奏斗(かなと)だ。奏斗は小学生の頃から、自分が男性か女性か性自認が曖昧なことに苦しんでいる。安珠だけには打ち明けていたが、安珠は奏斗のことを理解しているつもりで、傷つけてしまう。

 町田さんは『52ヘルツ~』でも肉体と性自認が異なるLGBTQの登場人物を描いたが、本書の奏斗が生まれた背景には『52ヘルツ~』の映画化があった。撮影現場を訪れ、LGBTQの監修者と会って話を聞き、「肉体と心で性自認が違う人だけではなく、自身の性自認自体がはっきりしないなど、もっとグラデーションがあり、さまざまな色があることを知った」。その結果、奏斗は、性自認が揺れ続ける、あわいに存在する人物として描かれることになった。「この数年でもLGBTQを取り巻く環境は変わっていた。小説を書く際に自分なりに勉強したことで分かった気になり、足を止めてしまっていた」と振り返る。寄り添っているつもりの「善意の押し付け」で奏斗を傷つけてしまう安珠の姿には、そんな町田さん自身の反省が投影されている。

 5人の語り手の中で、町田さんのお気に入りは3章で登場する嫁や孫に「クソジジイ」と疎まれる野口光男だと言う。「一見、どうしようもないおじいさんでも、その人なりの事情があり、人生がある。その挫折や苦しみを知ったら、悪いじいさんではなかったな、という書き方ができるかにチャレンジした」と話す。

 家族や恋人とのすれ違いや葛藤、後悔など、5編の登場人物たちの物語の中に、自分自身の人生を重ね、ドキッとする場面も多かった。また、主人公の人生を知った後で読み直すと、違った風景が見えてくる。「そんな風に何度も読み返してほしい」と町田さん。

来年は北九州舞台の推理小説も

 今後の新刊ラッシュについても聞いた。今月、『星を掬(すく)う』(中央公論新社)が文庫化され、11月と12月、来年2月にも新刊が予定されている。11月は、福岡県の架空の街を舞台に、廃校となる小学校での最後の秋祭りの一日を描いた作品。これも児童や保護者、教師など、その学校に関わる複数の女性たちそれぞれの視点から描く短編連作だ。12月には、北九州市・門司港を舞台にした文庫書き下ろしシリーズ『コンビニ兄弟』の第4巻が出る。来年2月には北九州市を舞台にした連続殺人事件を扱ったミステリーも。旦過市場や小倉昭和館など実在の場所や店舗が登場し、「ストリップのA級小倉は重要な役割を果たす」とか。さらに現在はホラー小説にも挑戦中で「苦手分野を潰していこうと思って。成長したいし、飽きられたくない。常に面白い、意外と思ってもらいたい」と意欲的だ。

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