里山社の清田麻衣子さん=福岡市内で2024年7月11日午後2時15分、田代一倫さん撮影

 出版不況が言われ、大型書店の撤退や老舗書店の閉店などが相次ぐ中、書店や出版社、編集者など「本を巡る場」を作る人たちを訪ね、「本」というメディアについて考える不定期連載2回目は、個人出版社「里山社」代表の清田麻衣子さん(47)=福岡市=に聞いた。

「ページの会」

 アパートの一室をそのまま書店にした「本屋 月と犬」(福岡市中央区)で5月から「ページを持ち寄る会(ページの会)」が始まった。定員6人の小さな集まりだ。それぞれが自分の好きな本の1ページを持ち寄り、語り合う。発案者は清田さんだ。

 「本を真ん中に置いて、心の奥に触れる話をしたかった」

 通常の読書会では、持参の本を紹介して終わりがちだ。もちろん読書会ならではの楽しみはある。だが、清田さんが求めていたのはもっと深い部分でのやり取りだった。

 「ページの会」を始めるきっかけの一つには、清田さんの横浜から福岡への移住があった。

 清田さんは福岡市出身。父親の転勤に伴い、7歳から横浜で暮らした。大学卒業後、東京で編集者として働き、2012年に「里山社」を設立後も関東を拠点に仕事をしてきた。22年、幼少期を過ごした福岡市に夫と共に移住した。福岡は都会だったが、それでも東京に比べ、映画館や書店などの数が少なく、深い話をする場や人との出会いをなかなか持てずにいた。福岡で暮らす人の「顔」が見えない、声が聞こえてこない感覚に悩んだ。東京ではどこかには話せる場、人があったが、福岡ではなかなか見つからなかった。

個の視点を基本として作られた里山社の本

 「その人が今、深く考えていることや、私自身が自分の中で言語化できていないことを言葉にする場がほしかった」と振り返る。そんな時出会ったのが「本屋 月と犬」だ。店主の才松愛さん(46)が仕事を転々とした末に開いた店で、書棚には自分目線で選んだ新刊と古書を並べていた。そんな才松さんに「はぐれ者」の共通項を感じるとともに、新しい場は自分で作るしかないのかなと思うようになっていた。

 「はぐれ者同士が出会えるシチュエーションを作りたかった」。5月に「月と犬」で開いた「ページの会」には、清田さんと才松さんを含め、仕事も、本の趣味もバラバラな6人が集まった。清田さんは、レバノン生まれでフランスに移住したジャーナリスト、アミン・マアルーフ著「アイデンティティが人を殺す」(小野正嗣訳、ちくま学芸文庫)の1ページを選んだ。

 「自分とは全く違うタイプの人もいたけれど、それぞれの深い話を聴くことができた。全く知らない人同士なのに、センシティブな内面を話し合うことができた」と振り返る。本を介することで、普段の会話では話さないようなそれぞれの考えや思いが自然に交わされる時間となり、手応えを感じた。

 6月には金沢市の印刷スタジオで、7月には再び「月と犬」で開催。今後も「月と犬」を拠点に、縁のあった各地で開催していきたいという。

出版事始め

 清田さんが1人で出版社を始めたのは12年。そのてんまつは、WEBマガジン「航」の連載「本を出すまで」に詳しい。

 大学卒業後、出版社や編集プロダクションで編集者として10年以上、働いてきた。仕事はそれなりに順調だったが、目の前の忙しさに埋没し、思考停止状態に陥っていた。このまま生きていくのか。先が見えなくなっていた。そんな時、東日本大震災が起こった。

 <初めて死を隣り合わせに感じた。思考停止の状態から突然、視界が開けた気がした。>(WEB連載「本を出すまで」)

 出版不況の中、出版社は出版点数を増やし、自転車操業を続けていた。社員は仕事に忙殺され、ヒット本の二番煎じがあふれ、「本離れ」が言われた。この渦から飛びだそう。フリーの編集者としてやっていく決断をした。が、出版社を自分でやるつもりは無かった。

里山社の刊行案内。A3三つ折りで、社の「解剖図鑑」とも言える本作りの考え方を示した見取り図が付いている=2024年7月20日午後10時12分、上村里花撮影

 そんな中、12年春、知人の紹介で福岡県出身の写真家、田代一倫さんの写真展を見に行った。田代さんは東日本大震災後に東北に通い、発生1年の時点で延べ700人の現地の人たちを撮影。ポートレートや私家版の写真集で作品を紹介していて圧倒された。思わず「これを本として編集したい」と声をかけた。だが、出版を引き受けてくれる会社は見つからなかった。

 曲折を経て、編集を結局、清田さんが手掛けることに。それが写真集「はまゆりの頃に 三陸、福島2011~2013年」(13年)。田代さんが3年間で撮りためた延べ1200人のポートレートから453点を選び、撮影時の覚書と共に収録した。計488ページ、フルカラーの大著が、1人きりの出版社兼フリーの編集者の1作目になった。

 以降は、ジャンルにこだわらず、自身の関心に沿って多岐にわたる本を送り出してきた。ノンフィクション作家、井田真木子さんの著作選集(14~15年)▽脚本家、山田太一さんのシナリオ選集(16~17年)▽熊本市の「橙(だいだい)書店」店主、田尻久子さんの随筆集「みぎわに立って」(19年)▽東京で編集者として働き、30代を目前に地元・富山にUターンした藤井聡子さんがつづった「どこにでもあるどこかになる前に。~富山見聞逡巡(しゅんじゅん)記~」(19年)▽日本植民地下の韓国から独立を夢見て中国に亡命した夫婦による「ウジョとソナ 独立運動家夫婦の子育て日記」(20年)▽米国の詩人によるピュリツァー賞受賞作「アンダイング―病を生きる女たちと生きのびられなかった女たちに捧ぐ抵抗の詩学―」(23年)――など。

 20年に刊行した「90歳セツの新聞ちぎり絵」は増刷を重ね、各地で作品展も開かれている。共通するのは、個人の視点や日常を軸に、社会を見ていく姿勢だ。それは社名にも表れている。里山社のホームページにはこう記されている。

 <人間にとってなくてはならないものでありながら、周縁に追いやられ、失くなりつつある里山。里山社は、移り変わりの激しい現代において、ジャンルや時代に捉われることなく、いつの世も変わらず希求される里山のような本を、出し続けていきたいと考えています。>

日常の視点から

 清田さんの本作りの原点は、大学時代に出会った映画「阿賀に生きる」などで知られるドキュメンタリー映画作家、佐藤真監督(故人)にある。新潟水俣病を題材にした「阿賀に~」は、裁判闘争などではなく、川とともに生きる村人の日常を淡々と描いた作品だ。問題そのものをクローズアップし、意見を訴えるよりも、そこに生きる人たちの当たり前の日常を丹念に映し出していくことで自然に問題を浮きあがらせていくのが佐藤監督の手法だった。清田さんは「その方が(問題から)遠くにいる人には伝わりやすいし、長く残る。佐藤監督のやり方はこれから先も時代が変わっても有効だと思った」と振り返る。

 里山社の本も「周縁にいる個の視点」を基軸に社会的な課題を扱った本作りが中心になっている。「小さな問題を俯瞰(ふかん)して見られることはその人を救うことになるのではないか。それを本にして手を替え品を替え出してきた。原点には佐藤監督の映画作りがある」と話す。

 新刊の韓国人作家、イ・ジュへさんの短編集「その猫の名前は長い」(牧野美加訳)も、女性が日常生活の中で感じてきた閉塞(へいそく)感や違和感が小説の形で表現されている。著者はソウル大を卒業後、教師をしていたが、結婚して主婦となり、自宅でできる仕事として英米文学の翻訳家として活動、小説も書き始めた。本書は著者初の邦訳版だ。

「里山通信」

地方で文化と関わりながら生きる人や活動を発信しようと昨年から刊行する「里山通信」

 清田さんがもう一つ、昨年から始めたのが冊子「里山通信」の発行だ。これも「ページの会」同様、東京を離れ、地方で暮らし始めたことや、仕事で訪れた新潟や富山、石川など各地での出会いがきっかけとなった。「各地にはそれぞれ文化的な活動をしている人がいるが、その声や活動は東京にいると、聞こえないし、見えない。その人たちの声を東京やその他の地域に届けたい」と清田さん。また「各地での活動や人を紙面でつなげられたら」とも話す。

 個人出版社や地方の出版社は増えたが、大手メディアは圧倒的に東京に集中し、情報の発信は、地方の情報も含め、東京発に偏重している。そんな状況の中、東京以外の地域同士のつながりを広げ、情報を発信していくことで、東京中心の文化にあらがっていく思いがある。

 昨年発行した創刊0号には、<いまいる場所からものを考え、(中略)届く言葉で問いかけたい。でも一人ではなく、同じように違和感を抱え声を殺して生きるここや、遠くの誰かとともに、その方法を考えていきたい>と記した。

 今年5月に刊行した通信1号には、作家やフリーライター、書店主、DJなど7人の文章を収録。巻末に、作家の温又柔(おんゆうじゅう)さんと「<寝た子>なんているの?―見えづらい部落差別と私の日常」(24年)の著者、上川多実さんの対談を掲載。中心から離れたところで文化と関わりながら生きてきた人、生きようとしている人同士の通信を試みている。題名には、詩人で作家の森崎和江さんがかつて発行した雑誌「無名通信」も少し意識した。冊子は、一般の流通には乗せず、縁のあった個人書店やオンラインのみで販売している。個人から個人へと手渡ししていく感覚だ。

 「書籍未満、つぶやき以上の媒体がほしくて作った」と言う。マスへは届かないかもしれないが、必要とする人へ確かに届けていく、そんな強い思いが感じられる。かき消されそうな個々の声を受け止め、「はぐれ者」同士をつなげ、広げていく。文化の種をまく活動だ。【上村里花】

◇「その猫の名前は長い」の読書会

 東京 8月1日午後8時、渋谷区本町1の書店「OH!MY BOOKS」。OH!MY BOOKS READING PARTY No.11として開催。

 福岡 8月10日午後6時、福岡市中央区赤坂2の「本屋 月と犬」。

 問い合わせは里山社(kiyota@satoyamasha.com)へ。

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