昨シーズン、リーグワン初優勝を果たした東芝ブレイブルーパス東京。リーグワンの初年度からオーナー企業の東芝からラグビー部門を切り離し、独立採算でクラブ経営を行う法人化の道に舵(かじ)を切ってきました。チームの裏方にスポットをあてて、運営陣たちの紆余曲折に迫ります。その中にはあのレジェンド選手の姿もありました。
■「裏方」の尽力が導いた14年ぶりの栄冠
東芝ブレイブルーパス東京 この記事の写真昨シーズン、リーグワン初優勝を果たした東芝ブレイブルーパス東京。トップリーグ時代、5度の優勝を誇る強豪が実に14年ぶり、苦闘の時代を乗り越え、3年目のリーグワンでつかんだ栄冠。
10シーズンぶりにキャプテンに復帰したリーチ・マイケル選手のリーダーシップ。オールブラックスのスーパースター、リッチー・モウンガ選手、シャノン・フリゼル選手の加入。指揮官トッド・ブラックアダー氏(53)が積み上げてきた5年間の成果など様々な要因があるが、チームのフロント陣「裏方」の尽力が、優勝に多大な影響を与えていた。異例の人事により社長に就任したラグビーとは無縁だった男。その右腕として現れた異色の経歴を持つ救世主。そして10年ぶりに裏方として帰ってきたレジェンド。彼らこそが、ブレイブルーパス躍進を裏で支えるプロの集団、勇敢なオオカミ軍団を優勝に導いた。
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■異例の人事 ラグビーとは無縁の男が社長就任■異例の人事 ラグビーとは無縁の男が社長就任
「あなたはラグビーが好きでしたか?」この質問に「嫌いじゃないんですけど、特別好きでもないし。興味があったかというと、さほどあったわけではないというレベルです」と語るのは、東芝ブレイブルーパス東京株式会社・荒岡義和社長だ。東芝に入社してから30年以上営業畑ひとすじでたたき上げてきた生粋の営業マンだ。学生時代はバレーボールで汗を流してきた、ラグビーとは全く無縁の男に2021年予想だにしない出来事が起こる。
東芝ブレイブルーパス東京株式会社 荒岡義和社長 荒岡社長「新リーグを立ち上げるということで、どうやって東芝グループとして参画していくかといったときに、事業会社を立ち上げて参画しようというのが当時の東芝経営陣の方針でした。私に白羽の矢が立ったと聞いています」
リーグワン発足と同時に、ラグビー部門を東芝本社から切り離し、独立採算をめざしチームを経営する「法人化」に舵を切ったラグビー部。その新社長に就任したのはラグビーの門外漢という異例の人事。まさに青天の霹靂だ。当時を知る東芝の重鎮はこう語った。
東芝ブレイブルーパス東京 薫田真広GM 東芝ブレイブルーパス東京 薫田真広GM(58)「退路を断つじゃないけど、もう腹をくくってやれというところがあったと思います」
ゼネラルマネージャーの薫田真広氏だ。
薫田GM「今までのようなラグビーをやって勝ち負けしている場合じゃないと。いわゆる強化と事業は両輪であり、それをどうやってまっすぐ走らせるか。一方が強くてもダメだし、そのあたりのパワーをしっかりバランス良くやっていくこと。それと同時に、一方でリーグワンとしてはハイブリッドでいきますよと言いつつも、将来的に法人格を持たなければいけないような方針であることを経営層が判断して、そうなるのであれば、早めにやった方がいいということがあったんじゃないかと思います」
新社長を告げられた荒岡氏は次のように話した。
荒岡社長「全く想定していなかったので、驚き以外何ものでもなくて、ファンだったりすると違った心境になったかもしれませんけれど、先ほど言ったようなレベルですから。しかも、今度は事業化ということですので、それは多分大変なことになるんだろうなという風に思っていたし、全くその世界のことが分からないわけですよ。当時は正気ですかとか、適した人材が必ずいますよという話をした記憶があります」
一方、薫田氏は、荒岡氏の就任をむしろプラスに考えていた。
「非常に話しやすい関係」 薫田GM「たまたま同期入社というのもありましたし、非常に話しやすい関係ではありましたので、事業というものになりかけていったときに数字の積み上げ、そこに対するプロフェッショナルな方が社長として来られた。これは我々ラグビー村の人間にとっては、非常にうれしい限りでしたね」
新社長のもとスタートした法人化だが、その船出は順風満帆ではなかった。
荒岡社長「年間16試合のうち収益が見込めるのは8試合だと聞いた時に、これはもう大変な話だと。どうやって収益を上げていくんだというところが一番頭によぎって、とにかく東芝からラグビー部の活動費とか人件費で出ていたお金はもらったんですけど、とてもじゃないけどそれで事業や興業なんかできないということは、瞬間的に分かりましたので、とにかくお金を集める、どうやって集めるか、どうやってスポンサーを早急に集めるかというところで頭がいっぱいでした」
しかし、荒岡氏がさらに衝撃を受けたのが…。
荒岡社長「チームが優勝を目指していなかったんですね。ファン向けのイベントで動画を流して、選手たちがコメントをするんですけど、濱田将暉選手だけが若気の至りで『優勝を目指します』と言っただけで、あとは誰も言わないんですよ。あれを見たときには非常にショックでした」
「(Q.それはリーチ選手もということですか?)言っていないです。あとは、ヘッドコーチのブラックアダーと話をしたときも『優勝を目指すと言わないのか?』と話をしたら、『この戦力を見てくれ』と。恐らく育成段階だということを言いたかったんだと思うんです。ただ、やはりプロクラブという風なスタートだと思ったので、そこで勝ちを目指さない、イコール優勝を目指すというのは当たり前の感覚でいたんですけれど、そういった言葉はまず消えなかったですね」
社長に就任して1年目、ブレイブルーパスは11勝5敗。プレーオフに進出したもののサンゴリアスに敗れ準決勝敗退。そして、法人化の肝となる収益は3300万円の赤字だった。
しかし、この結果に、荒岡氏の中で眠っていた営業マン魂に火がついた。
荒岡社長「日本一を目指しているのでは、日本一にはなれないなと思ったんです。だからそのときに、日本でトップというよりも、世界有数のクラブになるつもりじゃないと、とてもじゃないけど日本一にはなれないなというふうに思ったので」
自身のプランを実現してくれる右腕となる人材が必要不可欠、その矢先…。
荒岡社長「荒岡さん、ナンバーツーほしくないですかと。実は面白いキャリアの人間がいると。1回で良いから隠れて会ってくれと」
そこに、現れたのがプロデューサー兼事業運営部部長の星野明宏氏(51)だった。
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■収益は右肩上がりに リーグワン初優勝も■収益は右肩上がりに リーグワン初優勝も
プロデューサー兼事業運営部部長の星野明宏氏星野氏は、高校は桐蔭学園、大学は立命館で楕円球を追い掛け、卒業後は電通に入社。10年勤めた後、ラグビーに関わりたいという夢を諦めきれず電通を退社、コーチングを学ぶため筑波の大学院に編入した。大学院を経て静岡聖光学院の教員となると、わずか3年でラグビー部を初めての花園出場に導く。その手腕を買われアンダー世代の日本代表監督に抜擢され、静岡聖光学園では、学校長まで務めたという、異色の経歴の持ち主だ。
独立採算を目指す法人化という荒海にこぎ出したブレイブルーパス。そして「ラグビーをビジネスとして成功させる」という荒岡氏の理想に共感した星野氏。異色の経歴だからこその豊富な知識とアイデアで荒岡氏と共に経営の立て直しをはかっていく。
「猛勇狼士」まず行ったのは意識改革。チームとフロント、それぞれに目標を掲げていた組織をワンチームとすべく、明確に目で見えるよう指針を言語化。それが「猛勇狼士」である。
また情報発信も積極的に行い、マスコミに取り上げてもらえるよう毎月の定例会見を開くようになった。選手にはプロ意識が芽生えるようメディア露出も多く促していった。収益をあげる施策も次々とヒット。ファンを増やすためユニークで魅力のあるイベントや企画を実施していく。
ブレイブルーパスのラグビーといえば「接点無双」。体と体のぶつかり合いを観客に生々しく伝えるためテレビ中継とは別に、独自でピッチサイドに複数のマイクを設置。肉体がぶつかり合うリアルな音をスタジアムに響かせるという「リアル・グラウンド・サウンドシステム」を作り上げた。
また多くのファンを獲得した要因のひとつとして「ファミリーロード」が挙げられる。ファンクラブ会員限定ではあるが、ホストゲームの試合後に、メンバー・ノンメンバーすべての選手で花道を作り、観客と触れ合いながら送り出しをしていくファンサービスだ。
荒岡氏の熱意と経営力、それを支える星野氏の手腕で収益は右肩上がりに。さらに法人化から3年、最大の目標を実現させる。リーグワン初優勝だ。
荒岡社長「選手は練習だけしていればいいという形ではなくて、事業側の方も彼らと意見交換をして、ゲーム日数に支障が出ない範囲で彼らも関わってくれるようになって、そういう意識を持ってくれていたというのは、彼らもプロ意識が高まって、それは優勝に結びついた要因の中の一つだと私は確信しています」
ビジネスモデルの1つの成功例となった東芝ブレイブルーパス東京。そのフロント陣はラグビー界に勇気を与えるべく、次のシーズンに臨む。
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■裏方は少数精鋭 元レジェンドも■裏方は少数精鋭 元レジェンドも
東芝ブレイブルーパスの裏方、運営に携わる部門は荒岡氏の下、4つの組織に分けられている。しかも、驚くのが荒岡氏を含めてスタッフはわずか14人。多いところは50人を超えるチームもあるなか、ブレイブルーパスは少数精鋭だ。その事業スタッフには、笠井建志氏(48)、釜澤晋氏(53)、増田慶介氏(36)、望月雄太氏(43)など多くのOBたちが名を連ねている。
笠井建志氏と釜澤晋氏 増田慶介氏 望月雄太氏そのなかに、今シーズンからあの「レジェンド」の姿も。元日本代表フルバック松田努氏(54)だ。
松田努氏松田氏は引退してからトップチームに関わることなく東芝社員として工場勤めをしていたが、今年10年ぶりに裏方として戻ってきた。松田氏の天性の愛されキャラは54歳になった今でも健在だ。松田氏の復帰は選手にも良い影響を及ぼしている。
リーチ・マイケル選手「(松田が)帰ってきたことによって、選手がより信頼できる。僕と松田さんがラグビーをやっててロッカーが隣りだったので、松田さんがいると僕も安心します」
とにかく松田がいると場が和むのだ。この日はOB広瀬俊明氏とリモートで打ち合わせ。事業スタッフには、元選手が多い。時折ファンにはたまらないOB会の様相を見せる。この日はアンバサダーの大野均氏との打ち合わせ。
大野均氏 大野氏「やっぱり松田さんがいることによって周りの人の反応も違いますし、事業部としてもすごく心強い存在ですね」 夜に毎週1回子ども達を見ている松田氏
仕事を終えた松田氏、自転車に乗って帰宅するのかと思いきや、颯爽と走って向かった先は、東芝工場内にある人工芝のグラウンド。夜に毎週1回、子ども達を見ている。
松田氏「これはルーパスアカデミーというルーパス塾の小学校5・6年生がまず練習して、その後中学生というように事業運営部の仕事の一環です。僕は一応責任者という立場で、実際の指導はルーパスのOBの皆さんが指導してくれるので内容だとかそういうところを考えたりしています」
ラグビー界のため次の世代を育てる、それも松田氏の仕事だ。
54歳の強力なオールドルーキーが加わったブレイブルーパス・フロント陣。チームと裏方が強固な一枚岩となりリーグワンという海を突き進む。今シーズン、目指すのは連覇。驚きのアイデアと戦略で、ラグビー界を盛り上げていく。
■ラグビーウィークリー
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