<マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>  3年前はまだ遠く感じた頂が、手の届く位置にある。東京パラリンピック後にクラス分けと階級のルールが大きく変わった視覚障害者柔道。瀬戸勇次郎(九星飲料工業)は、男子73キロ級(弱視)に階級を上げ、世界ランキング1位にこぎ着けた。「体ができ、技も成長できている。金メダルが一番の目標」と心身共に充実してパリの畳に上がる。

◆突然の階級分け 66キロ級が消えた

 突然の変更だった。これまで選手の障害の程度にかかわらず階級別のみで実施していたが、2021年11月、国際パラリンピック委員会(IPC)はパリで全盲と弱視の2クラスに分けると発表。種目数を抑えるため、階級は従来の男子7、女子6から、男女4つずつに統合され、瀬戸が東京パラで銅メダルを取った66キロ級はなくなった。

東京パラリンピック男子66キロ級3位決定戦でジョージアの選手(下)を攻める瀬戸勇次郎=2021年8月27日、日本武道館で

 「組んだ状態で始める視覚障害者柔道は、健常者も全盲も弱視も関係なく闘えるのが良いところだと思っていたので、複雑」と抵抗感はぬぐえない。しかも、パラリンピックで男子66キロ級は藤本聡(徳島県立徳島視覚支援学校職)が2000年シドニー、2004年アテネの2大会を連覇するなど、日本勢の活躍が目立ち、「先輩がメダルを取ってきた66キロ級で闘える誇りもあった」。未練を抱えつつ、2022年から新しい階級で闘い始めた。

◆「一回休もう」体づくりに徹する日々

 元々の73キロ級に加え、66キロ級から上げた選手や、81キロ級から下げた選手が集まる激戦階級に。体格で劣る瀬戸は苦しい闘いを強いられた。食事量を増やすなど試行錯誤したものの、「年に1キロ筋肉が増えれば十分すごい。今の階級の体はつくれていない」と自覚していた。2022年の世界選手権に続き、2023年8月の同選手権でも上位に食い込めず、佐藤伸一郎強化委員長に声をかけられた。「一回休もう。体づくりをしよう」

パリ代表に決まり、会見で記念撮影に応じる瀬戸勇次郎(中)=7月2日、講道館で

 翌月の国際大会に出場せず、拠点の筑波大や東京・味の素ナショナルトレーニングセンターなどでじっくりウエートトレーニングに取り組むことに。最初は半信半疑だった。「体づくりに時間を割くより、コンディショニングや技術面を磨く方が勝ちに近いのでは。本当に変わるのか」  だが、2カ月ほど続けるうちに、胸や肩周りの筋肉が増し、これまでの服が入らなくなるほどに。パワーのある海外選手に振り回されることが減り、元々抜きんでていた技術が生きるようになった。  世界ランキング10位で臨んだ23年12月のグランプリ東京大会は、東京パラ金メダリストらを破って優勝。その後2大会を制し、一気に1位まで駆け上がった。「最初に73キロに上げたときよりも、試合で相手をしっかりコントロールできている。ウエートを始めたら1年足らずで体ができるとは」

グランプリ東京大会決勝でカザフスタンの選手と組み合う瀬戸勇次郎=2023年12月4日、東京体育館で

 あのとき、思い切って一度立ち止まったからこそ、今がある。当たり負けしない体と切れのいい背負い投げを武器に、日本にこの競技で3大会ぶりの金メダルをもたらす。

 瀬戸勇次郎(せと・ゆうじろう) 24歳、福岡県出身。今大会の視覚障害者柔道は9月5日から始まる。瀬戸は6日の男子73キロ級(弱視)に出場する。

  ◇ <連載:マイ・ウェイ! パリ・パラリンピック>
 パリ・パラリンピックは8月28日に幕を開ける。十人十色の道のりでトレーニングを積んできたパラアスリートたち。初出場選手から複数出場を重ねるベテランまで、それぞれの歩みをたどり、本番への覚悟に迫る。(兼村優希) 

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