海に面していない埼玉県の代表として夏の甲子園に出場する花咲徳栄のグラウンドには「ビーチ」がある。7年前に部員たちが手作りし、プロになったOBらも走り込みに使った、通称「徳栄ビーチ」。今年、春夏合わせて13回目の甲子園出場を果たした選手らも、夢を追って、その砂地を駆けてきた。
「海がないから勝てないのか」
埼玉県北部の加須(かぞ)市にある花咲徳栄。ビーチは野球部グラウンドの一角、外野フェンス沿いにあり、幅約4メートル、長さは約180メートルに及ぶ。夏の甲子園で初優勝した2017年の末、当時の部員らが手作業で穴を掘り、購入した海の砂を敷き詰めた。
目的は砂地の特性を利用した走り込みだ。海が近くにある学校では練習メニューに砂浜のランニングを取り入れることも多いが、「海なし県」では難しい。
「海がないから、なかなか埼玉代表が勝てないのかなと思ってね」。ビーチを作った理由について、岩井隆監督は冗談交じりに話す。実は埼玉県勢の夏の甲子園の成績は、その人口規模に比べて少し寂しい。全国で6番目に多い約140チーム(24年)が地方大会でしのぎを削り、強豪校も多いが、これまでの優勝は花咲徳栄の1回だけだ。
ビーチでの走り込みは、太ももを上げる動作などで使う腸腰筋の強化が期待できる。足が沈んでしまう砂地を速く走るには「地面を蹴るのではなく、素早く足を上げる動作が重要」(岩井監督)。これが、硬いグラウンドやアスファルトでは意識しにくい筋力を鍛えることにつながるという。
冬場には、足袋を履いた走り込みも行う。足の親指や足首、瞬発力の強化が目的だが、硬い路面では疲労骨折のリスクが高まるため、軟らかい砂地は相性が良いという。
先輩たちも駆けた砂浜
17年以降にドラフト指名を受け、プロへと羽ばたいた選手らも、このビーチで練習を積んだ。岩井監督は「西川愛也(現西武)はビーチを走らせるとすごく速かった。野村佑希(現日本ハム)は遅かった」と、かつての教え子たちをなつかしむ。
今夏、エースとしてマウンドに立つ上原堆我(たいが)投手(3年)も冬場にビーチを走り込んだ。1年の秋から主に中継ぎで登板していたが、目指していたのは先発。課題は体力だった。「先発したい気持ちはあったが足がつりやすく、長い回を投げる体力がなかった」。そこで取り組んだのが食事改善と体作り。食事で体重を増やし、ビーチを走り込んで下半身を鍛え、球速を上げるために瞬発力をつけた。その結果、今春以降は先発で登板して完投する機会が増えた。
成長を感じさせたのは、7月にあった山村学園との埼玉大会準決勝。県内有数のエース同士の投手戦となった試合を、上原投手は被安打4で投げ抜き、3―1で勝利した。堂々たる「背番号1」に成長した最速148キロの右腕は、「チームの勝利はもちろん、球速を甲子園で更新したい」と意気込んでいる。【田原拓郎】
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