レスリング 男子グレコローマンスタイル77キロ級(7日、シャンドマルス・アリーナ)
日下尚選手(23)=三恵海運 金メダル
飛びきり明るい歓喜のひとときで、会場と一緒になって喜びを分かち合った。日下尚選手は金メダルが決まると、スタンドに向かって「シャー!」と雄たけびを上げる。日の丸をはためかせてのウイニングランに、マット上での美しいバック宙。最後は観客たちとハイタッチを交わしながら、体全体で喜びを表現した。
決勝のジェメブ・ジャドラエフ選手(カザフスタン)戦は前半に攻撃を封じられて2点を先行される苦しい展開。「プラン通りにいかずに焦ったが、自分の全てを信じて、最後(後半の)3分、人生を変える思いで前に出た」。第2ピリオド開始早々に圧力を強めて投げ技を決め、4点を奪い逆転すると、最後は相手の猛攻をしのいで5―2で勝利した。腹をくくったからこその、痛快な逆転劇だった。
子供の頃は運動能力も人並みで、3歳から始めたレスリングで目立った成績を残せず、自らを「凡人」と称した。しかし日下選手には一つの才能があった。「努力の天才」。課題に向き合い、克服するまで反復して取り組む忍耐力と真面目さに周囲の人はそう評した。
レスリングにつながればと、小学校から中学までは相撲を習った。四股やすり足で下半身を鍛えて、地道に相手を場外に押し出すすべを身につけた。腰から下への攻撃を禁じるグレコローマンスタイルは、豪快な投げ技が魅力の一つだが、日下選手は地味でも自分が勝てる道を探り、強じんな足腰を生かした「前へ」のスタイルを確立した。
香川・高松北高、日体大を経て現在は三恵海運に所属。全国レベルの大会で実績を残すようになっても、地道な練習を重ねて、課題を克服する姿勢は変わらない。恩師にあたる日体大の松本慎吾監督(46)とは大学1年の頃から今でも、授業の合間を縫って約1時間のスパーリングを行う。集中力を高めた1対1の勝負で自分の全てを出しきり、心身ともに鍛えてきた。
松本監督は「本人は凡人というが、誰よりもひたむき。努力できるのはそれだけの能力があるから」と評価。日下選手は「全体練習以外の時間もずっと松本先生と一緒にやってきて今の自分がある」と感謝する。
明るい言動には、グレコへの関心を高めたいとの思いもある。香川出身らしく、大一番の前にはうどんを食して「コシの強さは一番」と豪語。名前の由来は、日下選手が生まれた2000年のシドニー五輪マラソン女子金メダリスト、高橋尚子さんの走りに両親が感動して「尚」の一文字をもらった。
「人生を変えてみせる」と臨んだパリの舞台で、フリースタイルを含め日本勢の最重量級での優勝を果たし歴史を作った。感情が高ぶった日下選手は高橋さんの名言に引っかけて、「夢を見ているよう。最高に楽しい6分間でした」と胸の日の丸をたたいた。最高到達点に上り詰めた「凡人レスラー」の挑戦。スタンドには「超人 日下尚」の文字が掲げられ、新王者の誕生を祝った。【パリ角田直哉】
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