30歳の冬だった。前触れもなく1日で視力を失った。朝は見えていたのに夕方はもう別世界。「死んだ方がまし」と思い詰めた絶望の淵でブラインドサッカーと出合った。前を向く支えにしてきたパリ・パラリンピック(8月28日開幕)まで2カ月。日本代表の主力に成長した後藤将起(39)は「何事もやればできると伝えたい」とキックオフを待ち望む。(加藤健太)

 ブラインドサッカー 全盲の4人のフィールドプレーヤーと、健常者や弱視者が務めるGKの計5人で対戦する。フットサルと同じ広さのコートで、転がると「シャカシャカ」と鳴るボールを使う。ボールを取りにいく時には「ボイ」(スペイン語で「行く」の意味)と声を出すルールがある。試合時間は前半、後半各15分。
 パラリンピックでは5人制サッカーの名称で2004年アテネ大会から男子のみ正式競技となり、日本は21年東京大会に開催国枠で初出場して5位。パリ大会は初めて自力で出場を決めた。最新の世界ランキングは史上最高位の3位。グループリーグでは同1位のアルゼンチン、同8位のモロッコ、同12位のコロンビアと対戦する。

◆高校までの経験生かし「得点王」に

 パラの腕試しとなる国際大会が6月初旬までフランスで行われ、後藤は4得点を挙げて大会得点王に輝いた。今の日本代表で競技歴が最も浅い39歳のオールドルーキーは、豊富なサッカー経験をいかして、周りの選手とはひと味違ったプレーを見せた。

国際大会のアルゼンチン戦でゴールを決めるブラインドサッカー日本代表の後藤将起(中)(日本ブラインドサッカー協会提供)

 コロンビア戦の後半、相手ゴールに近い右サイドでボールを奪い、重心を落としてシュート体勢に入る。利き足ではない左足の甲をしなやかに使い、遠いサイドに決めた。  生まれつき目が見えずサッカー自体を見たことがない選手もいる5人制のブラインドサッカーでは、つま先で真っすぐ蹴ることが多い。動作が簡単で教えやすいからだ。  対して、後藤は小学校から高校までサッカーに打ち込み、カーブをかけるなど多様な蹴り方が体に染み付いている。日本代表の中川英治監督が「彼は体の向きと違う方向に蹴れる」と評すように、相手を惑わすキックが強み。コロンビアのGKも不意を突かれて反応が遅れた。

◆「子どもたちが自慢できる父親でいたい」

 理学療法士として働いていた2016年2月。訪問先で昼間なのに周りが暗くなるように感じた。「急に曇ってきましたね」と言うと、患者に不思議そうな表情で「晴れてますよ」と返され、自分に異変が起きていると気づいた。  時間がたつにつれて視界が暗くなっていく。急いで帰社する道中、目の前の横断歩道を渡る児童の姿が、最後の景色になった。目で見た情報を脳に伝達する視神経が、原因不明の炎症を起こしていた。自宅に引きこもる生活が1年間続いた。仕事も辞め、「死にたい」と苦しんだ。

パリ・パラリンピックでの意気込みを語るブラインドサッカー日本代表の後藤将起=東京都小平市で

 前を向くきっかけは家族の存在だった。「子どもたちが自慢できる父親でいたい」。マッサージ師の資格を取ろうと通った特別支援学校でブラインドサッカーを知った。見えていた時の経験があるからと高をくくったが、やってみるとボールの位置はおろか、自分がピッチのどこに立っているかすら分からなかった。

◆パリパラ目指し単身上京、今や「不可欠な存在」

 運動不足の解消と「汗をかいた後のビール」のために続ける中、日本代表の誘いを受けてスイッチが入った。「やるからにはとことん」という性格もあり、パリ・パラリンピック出場を目指した。より良い練習環境を求め、2年前からは妻に3人の子どもを任せて広島から単身で上京。都内の会社でマッサージ師として働きながら競技と向き合う。  努力は実を結んだ。パラの出場権獲得を前進させた昨夏の世界選手権では、全6試合に先発出場。日本代表のエース川村怜(りょう)が「後藤選手ありきの戦術もあり、今や必要不可欠な存在」と言うように、チームの信頼も勝ち取った。  初のメダル獲得がかかるパラ本番に向けてシュートの精度を磨く。「ブラインドサッカーを始めて人生が彩られた。本当は見えているのではと驚かせるプレーを見せたい」。自ら切り開いた道は明るい。

 後藤将起(ごとう・まさき) 小学2年生の時、Jリーグ開幕に影響されてサッカーを始めた。中学時代は安芸FCジュニアユースの一員として全国大会に出場。2023年5月のワールドグランプリのブラジル戦でブラインドサッカーの日本代表デビューを果たした。ポジションは主に攻撃を担うピヴォ。元ブラジル代表のカカへの憧れから所属クラブでは背番号22を付ける。広島県熊野町出身。39歳。



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