山口県下関市唐戸町の老舗スナック「蓼(たで)」が30日に閉店し、59年続いた歴史に幕を下ろす。直木賞作家の古川薫さんや佐木隆三さんら、多くの文化人、著名人が足しげく通い、語らいの場、娯楽の場として地元に愛され続けてきた。数々の思い出を胸に、店主の前田正子さん(79)はこれから福祉活動を始めるといい、「傘寿を迎えるに当たり、次に向けて歩み出すことにしました」と笑みを浮かべた。
唐戸商店街のビル2階にある「蓼」は1965年にオープン。夫でマスターの前田二六(じろく)さん(2008年逝去)と共に正子さんは二人三脚で切り盛りしてきた。屋号は知り合いの設計関係者から「漢字一文字が良い」「植物の名前だと店が長続きする」とアドバイスされて決めた。
店を始める前に正子さんは日本銀行下関支店に勤めていたこともあり、当時の人脈や、マスターの人柄もあって、古川さん、佐木さんら多くの文化人が常連として店に足を運んだ。「古川さんはおちゃめな人だった。おしゃべり好きで、楽しい思い出しかない」と目を細める。
店の評判は口コミで広がり、プロ野球・西鉄のエースとして活躍した鉄腕・稲尾和久さんや、元横綱・大乃国の芝田山康さん、俳優の奥田瑛二さんら、スポーツや芸能、経済など各界の著名人が全国から訪れ、“大人の社交場”として定着。時には、大物政治家らが姿を現すこともあり、居心地の良さに気を許すのか「口外できない話ばかりしていた。墓場まで持って行くわ」と振り返る。
二六さん亡きあと、店を支えてきたスタッフが家庭の事情で辞めることになり、今年の夏前に閉店を決断。「体が動くうちに、やりたいことに挑みたくなった」。前向きな「終活」として、来年からは子ども食堂の運営支援など福祉活動に乗り出すという。
昭和、平成、令和と時代の栄枯盛衰を見てきた「蓼」。それだけに閉店を惜しむ声が全国から寄せられている。「恵まれた59年間だった。気持ちの整理はつかないが、最後まで『蓼』らしくお客様を出迎えたい」。閉店まで残りわずかだが、普段通りの接客でもてなすつもりだ。【橋本勝利】
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