市役所の窓口などで、職員が市民らから理不尽な仕打ちを受ける「カスタマーハラスメント(カスハラ)」の防止対策として、庁舎内での撮影、録音を禁止する自治体が増えている。職員や他の来庁者の肖像権や個人情報の保護、SNSでの拡散の抑止などを理由に挙げるが、録音まで禁じることについては疑問の声も上がる。生活困窮者の支援団体は、「生活保護の申請時、録音禁止が悪用されかねない」と懸念しており、運用が注目される。
録音まで禁止 理由は?
栃木県内では小山市が2021年4月、大田原市が23年3月、宇都宮市が今年4月、それぞれ庁舎管理規則を改定し、翌月から市民ら来庁者による庁舎内での撮影、録音、録画、放送を禁止した。今後も足利市が11月からの禁止を予定している他、カスハラ撲滅を宣言した鹿沼市などが検討に入っている。
各市が禁止理由として挙げるのが、対応する職員や居合わせた来庁者のプライバシーや肖像権の保護など。インターネット上で職員の映像や氏名が公開されたり、実名で中傷されたりした実害を強調する市もあり、主にSNSでの「さらし行為」や動画投稿者による実況配信などを警戒した対応だが、各市とも投稿そのものではなく、庁舎管理上の対策として撮影、録音を禁止行為に追加した。
録音は、肖像権や映り込みによるプライバシー侵害には無関係だが、「音声でも個人が特定される。他の来庁者の相談内容などが録音されることもありうる」(宇都宮市)などと禁止理由を説明する。一方で、各市とも行政側による録音についてはカスハラの証拠保存の手段として位置付けている。
疑問の声
これに対し、弁護士で、旧大平町長、前栃木市長として行政経験も長い鈴木俊美さんは「行政側に起因する苦情もある。市民の側だけ禁止するのはいかがなものか」と疑問を投げかける。
「録音禁止は、市民の権利の制限にあたる。なぜカスハラ防止のために録音を禁止しなければならないのか、明白かつ切迫した理由を明らかにした上で、議会による議決が必要な条例案として提案するのが行政本来のやり方だ。仮に迷惑行為の防止だけが目的なら、禁止する対象を限定する明確な手立てが必要」と指摘した。
また、生活保護申請の同行支援をしている一般社団法人「つくろい東京ファンド」(東京都中野区)の小林美穂子さんは「保護を必要とする人が単独で申請する場合、録音が自らを守る唯一の手段になっている」と話す。
自治体が前段階の相談窓口で申請を事実上拒む「水際作戦」が各地で起きており、小林さんは「水際作戦があっても証拠がなければ行政は認めない。これまで私たちが申し入れをした自治体で、水際を認めたのはすべて録音があった場合のみに限られる。行政と申請者との間に圧倒的な力の差がある中、身を守るすべを弱者から奪うようなことがあってはならない」とクギを刺した。
これに対し行政側は…
懸念に対し、行政側は「禁止は、あくまでも迷惑行為を想定しており、公務に支障が無ければ担当課の判断で除外できる。適切に運用できるよう庁内で周知を図りたい」(足利市)などと説明している。
公務職場でのカスハラ対策を巡っては、人事院が20年1月の検討報告で問題提起し、同4月に人事院、総務省が組織としての対応を各省庁や自治体に求めたのをきっかけに本格化した。自治体職員が加入する自治労も23年2月、カスハラ対策、予防マニュアルを策定している。【太田穣】
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