13歳のとき、新潟市で北朝鮮に拉致された横田めぐみさんは、今年10月5日で60歳の還暦を迎えた。拉致問題解決への動きは一向に見えず、帰国を祈る同級生にも焦りが滲んでいる。母の早紀江さんは、60年前のめぐみさんが生まれた時のことを振り返りながら、「戦わなくてはいけない。感傷的な感じは帰ってきてくれさえすれば、いくらでもできるのだから」と自らを奮い立たせていた。
■希望を抱いた1997年の誕生日ケーキ
1997年10月。川崎市の自宅で横田滋さん・早紀江さん夫妻は、ホールケーキにろうそくを立てていた。
滋さんに早紀江さんが話しかける。
「誕生日にはいつもこんなものを囲んで、みんなで賑やかに食べていたからね。でも、どこかに生きていたことが分かっただけでも良かった」
この年、13歳で姿を消した愛娘のめぐみさんが北朝鮮に拉致されていたことが明らかになった。生きているかさえ分からなかった娘の居場所が判明したことに、両親は大きな希望を抱いていた。
「北朝鮮ではこんなにおいしいケーキは食べられないかも知れない。このまま持って行ってあげたいね」
妻の言葉に滋さんは返事をしなかったものの、しみじみとひと言ひと言を噛みしめていた。
■鮮明に残る“誕生日の記憶”
そうした両親の期待に反し、めぐみさんの帰国は果たされないまま、父・滋さんは2020年に帰らぬ人となった。
今年10月、めぐみさんが60歳となるのを前に会見に応じた早紀江さんは報道陣に「今年の誕生日をどのように過ごすか」を問われた。
その回答に、拉致問題が進展しないことへの苦しみが滲む。
「お父さんがいたころはケーキを買って色々したが、そういうことをすること自体がむなしい」
60年という歳月が流れても、初めて娘を抱いた日の記憶が薄れることはない。
「全部覚えている。赤ちゃんは重いものなんだな…と思った。お尻の丸く重たい“どん”とした感じを忘れていない」
めぐみさんが生まれた1964年10月5日は、東京オリンピックの開幕直前だ。日本全体が高揚感に包まれる中で生まれて来た待望の第一子。明るく活発に育った娘は、母の知らぬ場所で還暦を迎えた。
「60歳、信じられない。ああいう国だから、ちゃんと食べているかも分からない」と、北朝鮮でのめぐみさんの身を案じる早紀江さんも88歳に。
「いつまで生きられるか分からない」と思う一方で、「戦わなくてはいけない。感傷的な感じは帰ってきてくれさえすれば、いくらでもできるのだから」と、涙に暮れている時間はないと自身を奮い立たせている。
■ともに60歳を迎えた同級生
早紀江さんを支え、救出活動を続けているのは、めぐみさんの同級生だ。
1977年11月15日、北朝鮮の工作員によって実行された拉致。その翌朝「横田がいなくなった」と教師に伝えられたときの衝撃は、同級生の記憶に深く刻まれている。
そして、あの日の帰り道、誰が拉致されてもおかしくなかったという共通の思いがある。
めぐみさんの帰国を祈り開催してきたチャリティーコンサートは、今年で14回目を数えた。
「めぐみさんとの再会を誓う同級生の会」代表の池田正樹さんは、「チャリティーコンサートは『お帰りなさいコンサート』という名称で会場を予約して、『お帰りなさいコンサート』としてパンフレットを作った」と話し、いまだに再会が叶わないことに憤る。
同級生の小栗武さんは壇上で「一般的に還暦であれば第2の人生と言われる。めぐみさんには本当の意味で第2の人生を、お母様や(弟の)拓也さん・哲也さんと日本でゆっくり過ごしていただきたい」と涙ながらに語った。
チャリティーコンサートを締めくくったのは、47年前の合唱祭でめぐみさんと共に歌った「翼をください」だ。
『悲しみのない自由な空へ翼はためかせ行きたい』
『子どもの時夢見ていたこと 今も同じ夢に見ている』
めぐみさんは、拉致によって自由や夢を奪われたまま還暦を迎えてしまった。同級生はこの歌詞に、北朝鮮で救出を待ち続ける彼女の思いを重ねている。
■動かない拉致問題 関係者に広がる焦り
コンサートで毎年演奏しているヴァイオリニストの同級生・吉田直矢さんは、救出活動をする中で感じている歯がゆさに言及した。
「世論喚起のコンサートを開催すれば、皆さんの応援の気持ちが届いてくる。しかし、それが解決に直接結びつかないことを思いながら、きょうも演奏した」
拉致被害者救出を訴える運動が、政府の具体的な行動に結びつかない。家族は高齢となり、周囲の焦りは広がるばかりだ。
それでも同級生は、世論が政府を動かすと信じて、そして「来年こそお帰りなさいコンサートとなる」と信じて活動を続けて行く。
めぐみさんともう一度「翼をください」を歌うために。
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