7月上旬、梅雨の晴れ間が夕闇へ変わりかけた頃、福岡県久留米市の自宅横のアトリエで、横山理吉(みちよし)さん(49)が自作のキャンドルに火をともした。1年前の記録的な大雨でアトリエは床上浸水した。その経験があったからこそ、キャンドルの炎が癒やしにつながればと願う。アトリエの周囲に温かな優しい明かりが広がった。
横山さんがキャンドル製作に出合ったのは10年前。医療関係の仕事の傍ら、それ以外の時間を製作に費やす日々を送ってきた。当時住んでいた福岡市東区のマンションが手狭になり、家族で住む一軒家を探していたところ、田んぼの中に木々に囲まれた神社がある景色にほれ込み、その近くに昨年3月、引っ越した。
約2カ月後、自宅前にアトリエ「Rikichi Candle」を構えた。製作に集中し、ショップもオープンしようとした矢先の昨年7月、近くの山ノ井川が氾濫し、アトリエが床上浸水に見舞われた。
その日の朝は小雨が降るありふれた日曜日だった。午前10時を過ぎた頃から、雨脚が強くないにもかかわらず見る見るうちに辺りは水没。絶景で知られる南米ボリビアのウユニ塩湖のように、目の前の神社の森のシルエットが、濁った水面に映った。自宅も床下まで浸水。深夜まで水が引かず、身動きが取れなかった。
久留米市田主丸町竹野地区では大規模な土石流が起き、市内では12河川が氾濫するなど、記録的な大雨は大きな傷痕を残した。浸水したアトリエはカビが生えた床板を張り替え、床の高さを約50センチかさ上げして再開にこぎ着けた。
アトリエ内にはさまざまなキャンドルが並ぶ。横山さんが最近製作するのは、同県八女市の工場で作られる流動パラフィンという原料で作る作品だ。透明でゼリーのような不思議な手触りが特徴で、透明の球体内にはカラフルな流線型の模様が浮かぶ。この素材のキャンドルは珍しいという。
「キャンドルをきっかけに、炎の温かさや火の魅力を知ってほしい」。どこか郷里の愛媛と重なるという地域にほれ込み、公民館長も務める横山さんは生活から火が遠のく昨今、子どもたちに火の大切さを知ってほしいと地域の祭りでもキャンドルをともす。
近くでは氾濫した河川のかさ上げ工事が進む。「今年は大丈夫だといいけど、地震も含め、いつ何が起こるか分からない。キャンドルが今この時間を大切に過ごす手立てになれば」。そう願う横山さんのキャンドルの炎が、久留米の夏の夕暮れに揺れていた。【吉田航太】
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