「自分は大丈夫」と思い込み無茶な運転をすることはないだろうか。
今から2年前、広島県福山市の市道でスポーツカーを時速120キロで運転して軽自動車に衝突し、当時9歳の女の子を死亡させるなどの罪に問われた医師の男。
一連の裁判で、男は自分の運転技術を過信し、以前から何度も速度違反を繰り返していたことが明らかになった。

■事故の概要

事故は、2022年6月18日午後8時25分頃に起きた。
福山市の医師、高倉裕征被告(37)は福山市霞町の市道で所有するスポーツカーで直進中、右折してきた軽自動車と衝突した。
この事故で軽自動車に乗っていた当時9歳の女の子が車の外に放り出され全身を強く打つなどして死亡。
軽自動車を運転していた女の子の祖父(当時63歳)も腰の骨を折る大けがをし、歩道を歩いていた男性(当時68歳)も事故に巻き込まれてケガをした。
高倉被告にケガはなかった。

事故から10カ月後、警察は、現場付近の防犯カメラ映像を解析するなどし、高倉被告が時速100キロ以上で車を走らせていたことが判明。
軽自動車の右折を妨害した危険運転致死傷の疑いで書類送検した。
そして、2024年3月、広島地検は、高倉被告を過失運転致死傷で起訴した。

■「真面目で友達思いの子だった」

同年5月、広島地裁福山支部で高倉被告の初公判が開かれた。
高倉被告はマスクを着用し黒のスーツで法廷に姿を見せた。
裁判官から起訴内容の認否を問われ、高倉被告は「間違いありません」と認めた。

冒頭陳述で検察側は高倉被告が事故の1カ月前にスポーツカーを購入し、その後、高速での運転を繰り返し、事故の当日も時速約120キロで交差点に侵入したと指摘した。
裁判の中で検察側は亡くなった女の子の祖母の意見陳述書を読み上げた。

【意見陳述※一部抜粋】
「(女の子)は真面目で優しく、友達思いの子でした。事故の当日は近所のお祭りに行く際中でした。事故の後(女の子の)母は病院で大声で泣き続け、祖父も事故のショックから事故のことを思い出せなくなりました。被告人が(女の子の)未来を奪ったことは許せません。重い処罰を望みます」

一方で、亡くなった女の子の祖父が「軽自動車の後部座席に座っていた女の子にシートベルトを着用させていなかった」と供述した調書も証拠として提出された。
意見陳述の間、高倉被告はひざに手を置き、終始、うつむいていた。

■「過去に速度違反を3回くらいした」

被告人質問では高倉被告が、事故の前から危険な運転を繰り返していたことが明らかになった。

【弁護人】「事故の直前、どんな運転をしていたのか?」
【高倉被告】「速度メーターを見ず、これまでの経験などから体感で運転をしていました」
【弁護人】「なぜスピードを出したのか?」
【高倉被告】「せっかちな性格が元々あり、目的地に早く着きたかったからです」
【弁護人】「事故を起こす以前に速度違反をしたことはあるか?」
【高倉被告】「3回くらいしたことがあります。直近は8年くらい前です」

この事故で、高倉被告は1年間の免許取り消し処分になったという。
弁護人から、免許を再取得する意向があるか問われると…

【高倉被告】「再取得は全く考えていません。二度と運転はしません」

■人を救う立場でありながら

高倉被告は福山市内の病院の精神科医として勤務している。
医師として、過去に交通事故の被害者や遺族などの診察を担当したこともあったという。
検察官は人を救う立場でありながら身勝手な運転で事故を起こしたことを厳しく追及した。

【検察官】「交通事故の被害者と向き合ったことはあるか?」
【高倉被告】「あります。大変だなと思って診察していました」
【検察官】「そういった患者を見ていながら自制心はなかったのか?」
【高倉被告】「自分のことと直結していませんでした」

裁判では、高倉被告が歩道を歩いていて、事故に巻き込まれた男性のもとへ直接、謝罪に行き、被害弁償を行って示談が成立したこと。
日本弁護士連合会に「交通贖罪(しょくざい)寄付」を行ったことも明らかになった。
しかし、女の子の遺族に対しては遺族感情に配慮した警察の助言もあって直接、面会しての謝罪はできていないという。

■「運転技術を軽々しく信じ高速で運転を繰り返した」

論告求刑で、検察側はお祭りを楽しみにしていた女の子の苦痛や無念さ、家族の心の痛みに触れ、そのうえで、高倉被告が過去に速度違反で検挙されたり事故を見聞きしたことがあるにも関わらず、自らの運転技術を軽々しく信じて高速で運転を繰り返し重大な事故を起こしたことを厳しく追及。「その過失は大きい」として禁錮3年を求刑した。

その一方で、弁護側は軽自動車を運転していた祖父が女の子にシートベルトをさせていなかったことや、右折の際は、直進車を優先させるべきで、「被害者の過失も少なからずある」と弁護。被告人が反省の態度を示し、「今後は車を運転しないと誓っている」などとして執行猶予付きの判決を求めた。

最後に裁判官から「何か言っておきたいことはありますか?」と問われ、高倉被告は、反省の言葉を口にした。

【高倉被告】
「私が引き起こした事故によって被害者には謝罪の気持ちしかありません。本当に申し訳ございませでした」

そして2024年6月4日。
広島地裁福山支部で判決公判が開かれた。
松本英男裁判官は、「指定最高速度の2倍以上の速度で走行させた過失の程度は大きい。当時9歳の被害者を死亡させ、2人に重傷を負わせた結果は重大」とし、実刑の選択も視野に入る事案であると言えなくもない」と指摘。

一方で「軽自動車側にも不注意があった」点をあげ「被告人を直ちに実刑に処することは躊躇される」として、高倉被告に、禁錮3年、執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。

判決文が読み上げられる間、真っ直ぐ裁判官を見つめていた高倉被告は、いったい何を思っていたのだろうか。

「自分は大丈夫」というちょっとした過信によって未来のある「幼い命」が奪われた痛ましい交通事故。「相手を思いやるやさしい運転」というささやかな心があれば事故は起こらなかったかもしれない。

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