(写真:metamorworks/PIXTA)株高の状況で新NISAも始まり、投資ブームが広がっている。AIの急激な発展もあいまって、投資の世界はどのように変わるかのか。YouTubeチャンネル「ReHacQ」のコーナーを書籍化した新刊『教養としての日本経済 新時代のお金のルール』より一部抜粋・再構成のうえ、「投資とAI」をテーマにした、フリージャーナリストの後藤達也氏とインベストメントLab株式会社代表取締役の宇根尚秀氏による対談をお届けします。

デリバティブ取引とは

後藤:宇根さんは元々ゴールドマン・サックス(以下GS)という、数ある投資銀行や証券会社の中でも頂点に君臨する会社に15年間お勤めになって、マネージングディレクターという枢要なポジションにも長くおられました。ご担当されるのは、主にデリバティブ取引が多かったんですかね。

宇根:はい。私は証券会社であるGSに15年おりまして、その後、投資業界で一番のお客様であるアセットオーナーという立場にあるゆうちょ銀行で仕事をさせていただきました。現在はインベストメントLabという会社を起業し、証券会社とアセットオーナーの間に立つアセットマネージャー、新興の投資運用業者という立場で仕事をしています。

具体的には、ベンチャーに投資をするベンチャーキャピタルと、上場株に投資をする上場株ファンドという2つの事業を行う会社をこぢんまりとやっています。ただ、

GS時代から私を知ってくださっている方は「デリバティブの宇根さん」というイメージが強いのかもしれません。

日本経済新聞の記者を経てフリージャーナリストに転じた後藤達也氏(撮影:今井康一)

後藤:宇根さんと言えば「日本の株式市場において儲け続けた人」という印象であるとともに、デリバティブの世界で市場を作ってきた人、というイメージです。「デリバティブ」ってちょっと難しい言葉のように思いますけど、単なる株ではなく、株式や債券、為替などの金融商品から発生した、先物取引やオプション取引、スワップ取引などの取引のことを言います。

デリバティブ取引を行うえでは、数学が大事なんですよね。宇根さんは元々、東京大学で化学工学や統計学を専攻されていた理系の方でした。数学を駆使した金融工学的な視点を持って積極的にデリバティブ市場に参加することで、デリバティブの市場の厚みを広げていく、そうすることによってさらに市場参加者が増えて、流動性が増し、結果として市場が市場としての機能を果たしやすくなる、宇根さんはそんな視点を持ったプレイヤーである印象を強く持っています。

宇根:僕は正直儲けられる才能があったわけでもないのですが、それでも2000年代の前半、デリバティブで勝負して一定の成果をあげられたかなと自分でも少し思えるのは、日本市場でちゃんと見てる人がいなかったっていうことに由来することが大きいんですよね。

デリバティブには理論があって、ジョン・ハルというトロント大学ロットマン経営大学院の教授が書いた『フィナンシャルエンジニアリング』という教科書があるんですけども、みんな読んでいて、その本に基づいて市場でも価格付けが行われていたんです。

しかし、ある時、私はその教科書に間違いを見つけたんです。しかも、その間違えている理論に基づいて市場で価格形成がされていたのですが、たまたまマーケットが気づく前にいち早く気づけて、取引に応用し、利益を上げられた、という成功体験は一つあったなとは思います。

後藤:宇根さんの見つけた「間違い」とは、わかりやすくいうとどういうようなものなんですか?

宇根:デリバティブには、「店頭デリバティブ」と「上場デリバティブ」という風に、大きく分けて2種類あるんですけど、これらは本来、価値が少し違うものなのに、世の中では同じ値段で取引されていたことに違和感を持ったのがきっかけでした。

後藤:本来ならどう考えても100円が妥当なのに、なぜか102円ぐらいでミスプライスされていたらそれを売るとか、逆に安ければ買うってことですよね。

最終的に宇根さんが見つけた理論によって、「本来こうなるはずだ」という価格にいずれ寄っていくのでしょうか。

デリバティブ取引で成果を上げてきた宇根尚秀氏(写真:徳間書店提供)

宇根:そうですね。理論を突き詰めていくと誤りを見つけられて、割高な金融商品を売却して割安な金融商品を買うことで収益機会につながることがあります。過去を振り返ると必ずしも収益を上げるのが得意だったわけではない私が、それを見つけられたのはラッキーだったのかもしれません。

後藤:現在、投資の世界でもAIと言いますか、「アルゴリズム投資」が広まっています。宇根さんはこのように機械を相手にしなければならない市場の中で、どのように独自色を打ち出しているのでしょうか。

宇根:普段、我々が主に取り扱っているのは中小型株です。日本には4000社ほど上場企業があって、証券会社のリポートは主要なだいたい2割3割程度しかカバーされてないんですよね。

後藤:全体から見て、800社程度しかちゃんと見られていないということですか。

事業会社との面談を重視

宇根:そうです。3000社ぐらいはもう野放しになっていて、企業の正しい価値が算定されてない状況です。しっかりとお話を伺えば、「この会社は伸びるかもしれない」「この会社はちょっと伸びづらそうだな」と会社の全容が見えてくることがあるんですね。だから、愚直に年間2000回から3000回ほど事業会社と面談させていただいて、事業モデルや業界のトレンドを理解していく方針を取っています。

後藤:かなり地道な活動ですね。

宇根:今後、上がってきそうな銘柄をできるだけ多く見つけて、できるだけたくさんの投資アイデアに分散投資していったら、もしかしたら儲けられるかもしれない。実際にそういったファンドで、なかなか表には出てこないけれども儲け続けているファンドさんもいらっしゃると感じたので、実践してみることが、私たち独自の一つのエッジの出し方なのかなと思っています。

後藤:アルゴリズムやAIとは真逆の原始的な世界ですね。

宇根:そうですね、おっしゃる通りです。言い換えれば、人間の認知能力は素晴らしくて、まだまだAIは追いついてないですね。この間、AIに「債券は今買いですか?」と聞いてみたら「債券はリスクがありますので……」と、教科書のようなことしか返ってきませんでした。

それに対して、株でも投資をしようかなと思う時に、会社説明会に行った時の経営者の顔色や声のトーン、出席してる人たちの人数や顔色までは現段階ではAIで読み取ることはできません。現場に行った人間の情報処理能力とそこから感じる熱量みたいなものから生まれてくる投資アイデアはまだまだ差別化要因になると考えています。

ただ、一人の人間が1000社以上の会社すべてを見ていくことはできないじゃないですか。ファンドのパフォーマンスを安定的かつ好成績にするためには、多数の投資アイデアに分散投資したいと考えており、足で稼ぐなどして情報収集し、投資アイデアをひねり出せる人間を何人か配置して、アイデア数を増やしていくことが重要かなと思います。一人であってもある程度稼げる可能性はあるんですけど、投資のアイデアが限られてしまって失敗する可能性もあります。

人間の強みを引き出し、弱みをカバーする

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たとえば、一人でやると、投資アイデア数が多くは出せないので一つ一つの投資のアイデアの成功・失敗によってポートフォリオ全体のPL(損益)がブレるんですよね。何人かでやると、投資アイデア数が増やせるのでブレが相殺されて、PLが安定化するんですよ。

そうすると人間の能力の良さを引き出しながら、人間の弱みである情報処理能力の機械対比の低さを補うことができるので、機械に勝てる可能性が高まる、と考えています。

後藤:あえて人間的な取引の仕方を重要視されているんですね。定量的な、機械的な投資戦略を採用なさると考えていました。

宇根:かつてそういった(定量的な)手法をやろうと思ってもうまくいかずに挫折したんですよね。ましてや今はインベストメントLabという小さな組織を作って少ない資本で設備投資がそれほどできない中で、どうやって機械(大規模な設備投資をして計算環境を整えた定量的手法を用いる大手ファンドなど)に勝つか。我々の組織に揃ってくれた人材にやる気があるのであれば、人の認知能力を応用する手法が一番いいのかなと。

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