3月末に配信したコラム「『今の米国株はITバブル時に近い』は本当だろうか」では、同国のFRB(連邦準備制度理事会)に対する「株式市場の信認は簡単に崩れない」とした。その一方で、企業価値評価の観点からは「1990年代後半のITバブル時のように予想PER(株価収益率)がさらに拡大することは難しい」と述べた。
今後もFRBへの「市場の信認」は保たれる
実際、4月に入ってからの米国株は、割高感が意識されていたハイテク大型株などを中心に3週連続で下落。第4週は反発したものの、同月19日時点では、S&P500種指数の年初来騰落率は+4%程度まで低下した。
金利上昇や中東情勢の緊迫化が嫌気される中で、2023年までの株高を牽引してきたテスラやアップルなどの株価下落が目立った。市場では、アメリカを代表する大型IT株の代名詞とされてきた「マグニフィセント7」から、これらの2銘柄が脱落したとも言われている。
5月以降、年後半にかけての米国株の方向性を考えるうえでは、やはり国債市場で同国の長期金利が2023年10月時(一時5%超)のように、再び上昇するかが重要だ。
もしFRBによる利下げが秋口をすぎても困難だということになれば、政策運営に対する株式市場の信認が揺らぎ、経済・インフレへの不確実性が高まるため、米国株は再度下落を余儀なくされるだろう。
ただ、そうした可能性は低いのではないか。既述のように、株式市場の信認は今後も保たれると考えているからだ。筆者は、夏場から利下げを促すような経済指標が発表され、FRBが9月に利下げを開始すると予想している。実現するかどうかは、経済の安定成長が続く中で、やはり1~3月に想定よりも上振れたインフレが再び落ち着くか、それ次第である。
確かにアメリカの高インフレは、簡単には落ち着かないとの見方も根強い。実際に2023年後半には年率2%程度まで減速していたコアインフレ率(エネルギーと食品を除いて算出)は、2024年1~3月期に再び年率3%以上に加速している。
アメリカの高インフレが続く可能性は高くない
これをどうみればよいのか。同国の消費者物価の内訳を見ると、「家賃以外のサービス価格」が再び上昇したことが、インフレ上振れの主たる要因である。
もし、サービス価格の高まりが「アメリカ経済が強すぎる」ために起きているなら大きな問題である。だが、1~3月期のアメリカの国内需要は総じて安定に向かっている。個人消費は2023年後半には年率3%を超える伸びだったが、2024年に入って同2%台の伸びに落ち着いている。
また、労働市場では、移民流入が増えたことも後押しする形で雇用者数が大きく増えている。だが、求人数の減少が続くなど、労働市場の需給面での逼迫感は引き続き改善していると判断される。また、3月分のサービス価格の上振れについても、内訳は自動車保険料の大幅な上昇がかなりの部分を占めており、サービス価格上昇が幅広い分野で広がっているという兆候は限定的である。
以上を踏まえると、アメリカの高インフレが今後も続く可能性は高くない。そうであれば、2%インフレへの回帰は想定よりも3カ月程度後ずれはしたものの、インフレの減速基調は変わっていないことになる。同国の10年国債金利は4月25日には4.7%台まで上昇しているが、FRBの利下げ先送りへの懸念がもたらす、一段の金利上昇余地は限られそうだ。
もう1つ、アメリカの債券市場で金利上昇要因として意識されているのは、同国の財政だ。大幅な財政赤字による景気刺激策によって今後も高インフレが定着、これが金利上昇要因になる点だろう。
政府の財政赤字拡大は前トランプ政権から始まったが、バイデン政権となってからも大幅な財政赤字が続いている。11月5日の大統領選挙でどちらが勝利しても、財政政策が緊縮方向に転換する可能性は高くない。こうした債務拡大・財政悪化による「財政プレミアム」が高金利・高インフレを定着させるシナリオへの懸念は、今後も簡単には払拭されないだろう。
量的引き締めのペース減速も長期金利抑制要因に
ただ、一方でアメリカ連邦政府の財政赤字は、経済成長の上振れによって税収が増加したこともあり、2024年に入ってからは若干改善が見られる。2023年半ばに連邦政府の財政赤字はGDP比で約8%まで拡大した。
だが、バイデン政権によるインフレ抑制法(2022年8月成立)でやや拡張財政が和らいだ結果、2024年3月には6%前後まで改善している。現在の財政赤字についての評価はさまざまだが、筆者は同国の財政赤字は持続不可能な状況に陥っていないと考えている。
また、5月1日に結果が判明するFOMC(連邦公開市場委員会)では、政策金利の据え置きが確実視されているが、2022年6月に開始された量的引き締め(QT)のペース減速が決まる可能性が高い。QTのペース減速はすでに市場に織り込まれているが、FRBの引き締めペースの変更はアメリカ国債市場の需給を改善させ、長期金利上昇を抑制する要因になりうる。
2023年10月に起きた国債市場の急落は、パニック的な「売りが売りを呼ぶ」という色彩が強い金利上昇を伴ってのものであり、当時は国債市場参加者がかなり近視眼的になっていた。このときの記憶が新しい中で、今後金利上昇局面が訪れたとしても、債券市場参加者は冷静に対処するのではないか。であれば、「インフレ懸念」に対して以前よりも冷静になっている同国の株式市場は、堅調な企業業績を材料に、年後半は底堅く推移するだろう。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
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