日本の長時間労働の慣行が働く人たちを追い詰めている。いわゆる「過労死ライン」を超えて働く人は1割近くに達し、結婚や子育てに支障を来したり、正規雇用を諦めたりする事態も相次ぐ。衆院選で一部の野党が具体的な規制策を掲げるが、主要な争点にはなっておらず、当事者から真剣な議論を求める声が上がっている。(竹谷直子)

◆休みたくても休めず…体を壊し退職

 「店舗に泊まったり、午前2~3時に帰って朝8時に家を出たり。自分のことで精いっぱいで、いつもへとへとだった」。大手宅配ピザチェーンの社員だった女性(24)=さいたま市=は訴える。

長時間労働の経験を話す大手宅配ピザチェーンの社員だった女性=東京都内で

 新卒で入社。1カ月の研修の後に、店の運営を任された。月の総労働時間が221時間までと決められていたといい、「それを超えた分は、残業を申請しても却下されたりした」と明かす。ほかの店舗の手伝いを求められるなどして「休みたくても休めなかった」という。月の残業は100時間を超えることもあり、体調を崩して退職した。

◆介護も重なり「このまま死ぬのでは」

 「仕事のために生きてる感じ。女性の先輩は子育てが大変そうだった。結婚なんて絶対無理。長時間労働は少子化の原因だと思う」と話す。衆院選で与党の自民党と公明党は、新規の具体的な企業への規制や罰則強化を公約に盛り込んでいない。女性は「企業側への罰則が少ない。労働者も声を上げられる環境が必要だ」と実感を込めた。  埼玉県内の中高一貫校で常勤講師として働いていた50代女性は、長時間労働で体調を崩し、数年前に非常勤講師に。朝は8時前に出社し、家に帰ってからも夜11時ころまでテストの採点や授業準備などに追われた。土日も学校の行事などで出勤することも多く、親の介護も重なった。「授業をやっていても胸がぎゅーっと痛くなり、このまま死ぬのではと思った」と明かす。非常勤講師となり、手取りは約半分になった。「(常勤講師として)もう少し働きたかった」とこぼした。

◆「今の残業上限規制は非現実的」

 規制の強化を公約に盛り込んだ政党もある。立憲民主党や国民民主党は終業から始業までに一定の休息時間を設ける「勤務間インターバル制度」の義務化を、共産党は法定労働時間の7時間への短縮を掲げる。女性は「労働対策をきっちり行って、女性の働く環境を改善してほしい」と話す。  各党に労働政策をアンケートした日本労働弁護団の竹村和也事務局長は「労働政策は公約に書いていてもあまり争点化していない。与党は既存制度が前提で長時間労働の抜本的解決は難しい印象を受けた。今の残業の上限規制は(緩く)仕事と家庭の両立を考えると非現実的だ。インターバル規制がないと抜本的になくすのは難しい」と指摘する。

 長時間労働の規制 日本の労働時間は、労使が特別な協定を結べば上限をなくすことが可能だったことから、事実上の「青天井」が約70年にわたって続いた。その間に長時間労働に伴う過労死などが社会問題化。2019年に、罰則付きの時間外労働の上限規制が初めて施行された。残業の上限は原則、月45時間、年360時間になった。長時間労働が常態化していた医師やドライバー、建設業は5年遅れて今年4月から適用された。

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◆過労死ライン超え8.4%、労災も前年度比3割増

 政府が今月閣議決定した2024年版の「過労死等防止対策白書」によると、週の労働時間40時間以上の雇用者のうち「過労死ライン」に相当する週労働時間60時間以上の雇用者の割合は、2023年は8.4%だった。運輸業や飲食サービス業など一部業種では高止まりしている。過労死を防ぐための方針を定めた今年の過労死防止大綱では、25年までに全体の割合を5%以下とする目標を3年先送りした。  労働災害も増加傾向。23年度の過労死等の労災補償状況では、請求件数が前年度比で3割以上増の4598件。労災認定件数は約2割増の1099件だった。  日本では長年、残業(時間外労働)に上限がなく、19年になってようやく上限が設けられた経緯がある。しかし9月の自民党総裁選で小泉進次郎氏が残業規制緩和を打ち出すなど、早くも規制強化に逆行する動きがあった。 

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