世界最大の資産運用会社、米ブラックロックが膨大な投資データを駆使して運用ビジネスを変えようとしている。約11.48兆ドル(約1700兆円)の資産を分析して個人投資家に100を超すリスクシナリオを提案する事業を日本で本格化するほか、非上場株式などの調査に特化した英プレキン買収を決めた。運用の巨人はどこへ向かうのか。

「普段からこういったリスクは想定していたのでパニックにならずに済んだ。逆に買い場と捉えられた」。日経平均株価が過去最大の下落幅(4451円安)となり、「令和のブラックマンデー」と呼ばれた8月5日、個人投資家からこうした声が多く寄せられた。

顧客が利用していたのはブラックロックのリスク分析サービス「アラディン・ウェルス」。商品ごと、もしくは運用資産全体の騰落率を100通り以上のシナリオに沿って瞬時に表示する。「リーマン・ショック級の世界経済危機」「東日本大震災クラスの災害」「ドル円相場が10%下落」――。様々なリスクに沿って投資家が保有する商品ごとの価値の変動を分析できる。

アラディン・ウェルスは世界16カ国、30の大手金融機関で約8万人のアドバイザーに提供する。日本でも2017年に初めてSMBC日興証券が導入し、今年度から同社の担当者がつく63万人の全顧客に提供できるようにした。後藤歩常務執行役員は「マーケットが急変動しても他社の商品を含めてポートフォリオ全体に助言できる」と話す。

ブラックロックが日本に本腰を入れるのは、政府が貯蓄から投資を促すなか、「金利ある世界」で家計に眠る2000兆円が動き出すとみているからだ。為替や株式、商品などの相場の変動率が高まるなか、経験や勘に頼るのは限界がきている。

アラディン・ウェルスは全世界の300以上の大手機関投資家に提供するリスク分析システム「アラディン」がベースだ。1988年のブラックロック創業当初に開発が始まり、為替や金利、株式などあらゆるの相場の変動データを蓄積し各金融商品の値動きへの影響を分析してきた。

金利や為替、株価のモメンタム(勢い)など3000を超すファクターに基づいて将来のリスクを予測する独自のシミュレーションを構築した。上場株から債券など伝統資産、未上場株などの未公開資産まで全ての領域をカバーする。

リーマン・ショック前年の07年、ブラックロックはアラディンを通じて米国での信用力の低い個人向けのサブプライム住宅ローンの異変をいち早く察知し、投資商品に一切組み込まない戦略をとった。ショック後には不良債権を抱えた銀行の資産を査定するツールとして広く利用された。

実はアラディンはブラックロック共同創業者のラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)の「失敗」から生まれた。ブラックロック設立前にフィンク氏は米ファースト・ボストンで債券運用などを担当していたが、1986年に金利予想を見誤り1億ドルの損失を出し同社を去った。

フィンク氏は当時、収益を稼ごうとするあまり知らず知らずのうちに抱え込んでいたリスクの量を適切に認識できていなかった。「フィンテック」という言葉が一般的ではなかった時代からテクノロジーを駆使することで運用を高度化した。

アラディンの利用者は13万人を超え、ブラックロックのテクノロジー部門の営業収益は23年で15億ドル弱と5年で倍近くになった。同社全体(178億ドル)の1割弱を占めるまでに成長した。ブラックロックを世界最大の運用会社に押し上げた。

来日時にグローバル投資家とのラウンドテーブルで発言するフィンク氏(写真中央、23年10月)

「投資の目的を達成できたかは実際の運用成績をみて判断できる。ただその過程でどれだけのリスク量を抱えているかは可視化しにくい。投資のゴールに照らして妥当なリスクなのかを把握する」。グローバルのアラディン部門の最高戦略アドバイザー、ウー・ファン・クウォン氏はこう話しており、運用の「羅針盤」としてのアラディンの役割は重みを増している。

今年3月、当時の岸田文雄首相は来日したフィンク氏と面会し、政府が進める「資産運用立国」や足元の株高の状況などについて意見を交わした。世界経済の先行き不透明感が増すなか、国内外の政財界の重鎮も、長年の経験と膨大なデータに裏打ちされたブラックロックの動静に注目し、フィンク氏の声に耳を傾けている。

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