目の前に立つ人の毛髪一本一本がくっきり見え、視線を下にずらすと冊子に小さく印字された宮沢賢治の「雨ニモマケズ」が難なく読めた。部屋の離れた場所で話す人々に目を向けると、全員目鼻立ちまで判別できた。  小さな企業であるヴィクシオン(東京都中央区)が開発したViXion01S(ヴィクシオンゼロワンエス)をかけた瞬間、近眼と老眼に乱視が加わり常にぼやけ気味だった視野が一変した。  医療機器ではないため、メガネに似ているものの「アイウエア」として開発されたこの製品の特徴は、オートフォーカス機能を搭載している点だ。かけた後、左右にあるつまみで調節すれば、それ以降自動でピントが合う。  開発に大きな貢献を果たしたヴィクシオンの内海俊晴取締役は「お客さまから『編み物がまたできるようになった』『文庫本がよく読めてうれしい』といった声が寄せられています」と話す。  もちろん実際にかけてみないと個人レベルの効果は分からないし、車の運転などにも向かない。しかし、「見えにくい」という悩みを抱える人々の一部に朗報をもたらす製品であることは確かである。  大きなレンズメーカーの技術者だった内海氏は「弱視に悩む子どもたちの大変さを目の当たりにし、子どもを助けるための製品を作りたいとの思いからヴィクシオンの創業に参加した」という。  開発資金はクラウドファンディングを専門に手がけるCCCグループの「GREEN FUNDING(グリーンファンディング)」と、「Kibidango」の2社と連携して、事業全体ですでに4億7000万円超を集めた。  バブル経済時代、企業の社会貢献が叫ばれ、メセナという言葉がもてはやされた。企業は文化芸術支援と称して高価な絵画を買いあさったりした。しかし、メセナの真の目的は本来企業が社会的責任を果たすことを指し、当時の企業行動は本質からかけ離れていた。  バブル崩壊後、メセナに回す資金余力を失った企業は、もうけをため込むことに集中した。その結果が600兆円を超す内部留保である。  モノやサービスを消費者に提供し、生活の質の向上に貢献する。それで得られた利益を賃上げや設備投資に回し経済を活性化させる。これが企業の本来の役割のはずだ。  クラファンの支援を受け、視力に悩む人々の問題解決に特化するヴィクシオンの事業は、明確に市民社会における企業の役割を果たそうとしていると言えるのではないか。  取材を通じ「中小こそが経済を支えている」という思いが一層強まった。  大企業には高い技術や知恵を持ちながら生かされていない人材がいる。働く人々の気持ちがこもった製品を手にしながら、中小へ円滑に人材が流れるアイデアがないか思いをはせた。 

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