損保大手4社(東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険)

保険金不正対策で人工知能(AI)を活用する動きが損害保険大手で広がっている。あいおいニッセイ同和損害保険は風水害での家屋損傷を装う不正を早期検知するシステムを開発した。保険金の不正請求は世界共通の課題となっており、第二のビッグモーター問題が起きないよう業界を挙げて悪質業者をあぶり出す仕組み作りも焦点だ。

悪質な住宅修理業者も

「火災保険で屋根や外壁の修理ができますよ。保険金請求をサポートします」

悪質な住宅修理業者は、こんな言葉で保険契約者にアプローチする。経年劣化や業者が意図的に破損させた部分を、災害が原因と見せかけ保険金を申請する。保険金の一部を成功報酬として契約者に請求するケースがある。

台風シーズンに不正が横行する傾向にある。あいおいニッセイ同和は8月中にも、保険金請求に関する情報をAIで分析するシステムの運用を開始する。同社と英オックスフォード大発のベンチャーが設立した研究所と共同で開発した。

保険金請求に関する過去110万件のデータを基に、悪質業者が関与する事案の傾向をAIに学習させた。特徴は、顧客とあいおいニッセイ同和の保険金支払部門との会話内容などを解析できる点だ。

修理の見積書を解析する場合はすでに業者と修理契約を結んでしまっていることも多いが、それより前の初期対応の段階で悪質業者が介入している可能性がスコアとして示される。このため契約前に悪質業者の存在に気づき、トラブルを未然防止できる可能性が高まる。

AIで精度向上

保険金不正検知の分野では、仏シフトテクノロジーが世界25カ国の100社超の保険会社や業界団体にサービスを提供している。保険金請求データを解析するシステムを保険会社ごとにカスタマイズして提供している。

三井住友海上火災保険は火災、自動車、傷害など各種目でシフト社のサービスを利用している。不正を抽出する精度を高めるため、データ解析手法を改善するための社員数を24年から従来の約3倍に増やした。シフト社と協議しながら、システムの改修を重ねている。

進化するAI技術を取り入れようと、シフト社は生成AIの活用も世界で進めている。そのうちの1社が東京海上日動火災保険だ。

住宅の修理では、業者から様々なフォーマットの見積書が保険会社に届く。なかには手書きで読み取りづらい場合もある。東京海上のシステムではこうしたデータを解析しやすい状態に整えるために、生成AIを3月から活用している。この過程をはさむことで不正を見抜く精度の向上が期待できるという。

損害保険ジャパンは提携する英保険テックのトラクタブルの技術を活用し、保険金請求の利便性を高めて悪質業者の介入余地を小さくしている。23年夏から、契約者や代理店が家屋の損傷部分の写真をクラウド上にアップロードするとAIが損害額を自動で算出する仕組みを導入した。保険金の支払いにかかる時間を数週間から数日以内に短縮できているという。

欧米は「保険金データ共有」

不正請求対策は世界の保険会社が直面している課題だ。保険金に占める保険金詐欺の割合は、米国やドイツ、オーストラリアで1割程度に上るとする推計結果を、損害保険事業総合研究所(東京・千代田)はリポートで紹介している。

損保大手を巡っては23年度に保険金不正を繰り返していた旧ビッグモーターとの関係が社会問題化した。旧ビッグモーターも悪質な住宅修理業者も、車や住宅など顧客の資産を故意に破損させるなどして保険金を水増し請求する点で共通する。業界として毅然と対応しなければ、第二のビッグモーター問題が起き、信頼回復もままならなくなってしまう。

シフト社によると、欧米では保険金請求のデータを異なる保険会社間で共有する取り組みがある。一例は自動車の事故歴だ。保険金が請求された車両が別の保険会社でも保険金が支払われていた場合などに、水増し請求が判明するケースがあるという。

日本の損保は悪質業者の情報や手口を共有する仕組みはあるが、個別の保険金請求データを共有して不正検知に生かす取り組みは進んでいない。日本損害保険協会は悪質業者のデータベースを業界で共有し、AIで不正を検知するツールの開発を検討していたが、実現のメドは立っていない。

保険会社間での情報共有は、個人情報の保護がカベとなっている。損保大手関係者は「取り組みたいという思いはあるものの、個人情報の取り扱いが難しく、同業他社との情報共有はハードルが高い」と頭を悩ませる。

欧米では、個人情報には該当しない情報から共有が始まったもようだ。データ共有に同意した複数国の保険会社で連携するなど、国境をまたいだ事例もある。日本でも実現すれば、これまで見逃されてきた不正検知につながる可能性がある。不正撲滅に向けては個社の取り組みだけでなく、業界全体として議論を活発化させることも重要になりそうだ。

(相松孝暢)

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