接客する従業員のため、企業が椅子を設置する動きが徐々に広がっている。スーパーのレジで働くアルバイトの大学生らが世論に訴え、要望活動をする中で、国も実態調査に乗り出した。長年の慣習で立ち続けることが当たり前だった日本の現状が変わりつつある。(畑間香織)

◆「立ちっぱなし」を苦にバイトが辞めた…

カウンター内に設置された椅子に座り、商品を入れる紙袋の準備などの作業をする従業員=東京都中野区の乃が美はなれ中野店で

 パン店「乃が美はなれ中野店」(東京都中野区)は、3月下旬からカウンターの後ろに椅子を置いた。接客していない時間帯は腰掛けて作業ができる。バイトの大学院生、園田華菜さん(22)は「以前は5、6時間立ち続けて疲労感がかなりあった。座れると心に余裕を持てる」と話す。  全4店に1脚ずつの設置を決めた運営会社の小浦諒(りょう)社長(36)は、長時間の立ち仕事を理由にバイトが辞めたのを機に昨年から設置を検討。「アルバイトの定着につながってほしい」と期待を寄せる。

レジ業務を座ってできる専用のいすを3店舗に導入したスーパーのベルク=同社提供

 スーパーのベルク(埼玉県鶴ケ島市)は、座ったままでのレジ業務を2024年4月時点で3店舗で行う。従業員からは賛成の声がほとんど。同社の担当者は「できれば設置を拡大したい」と話す。

◆「世論を巻き込もう」学生が問題提起

 企業の動きに先んじてバイトの学生も行動を起こしてきた。埼玉県にあるスーパーのベイシアで働く大学生、茂木楓さん(22)は、個人加入できる社外の労働組合「首都圏青年ユニオン」(豊島区)を通じ、22年2月から椅子設置を求めて団体交渉を重ねる。「世論を巻き込んで会社との交渉を進めよう」と考え、利用客にレジ店員が椅子に座る是非を聞くアンケートも実施すると、9割が賛成だった。オンライン署名は約2万2000筆が集まった。  茂木さんらはさらに、厚生労働省が省令に定めた労働安全衛生規則に着目。規則では立ち仕事の労働者が座る機会があるときに休むための椅子を置くよう事業者に義務付けており、今年5月に規則の企業への周知を厚労省に求めた。

企業に対してレジなどにいすの設置を促すよう厚生労働省の担当者(手前)に求める茂木楓さん(右)

 担当者によると「立ち仕事で働く人が休むための椅子が一脚も職場にないと、(規則)違反になる」という。厚労省は、小売りなどの業界団体にレジでの立ち仕事の実態や取り組みについて聞き取りを始めており、事例の紹介も検討中だ。

◆「座っていても背筋が伸びているように見える」イスも登場

 国も動く中で椅子の設置は徐々に広がる。求人情報サイト運営のマイナビは、座っても背筋が伸びているように見える椅子を共同開発。今年3月からの試験導入を企業に打診した際は、「お客様の反応が心配」などの声から、予想を下回る6企業35店舗にとどまった。今では200社以上から購入の問い合わせがある。  茂木さんは「他の企業に波及したのは良かった。最終的に日本のどこでもレジの仕事に椅子が置かれたら良いなと思う」と話した。

 立ち仕事に関する労働安全衛生規則 厚生労働省の省令では、立って仕事をする労働者の休養について、労働安全衛生規則615条で事業者に対応を義務付ける。「事業者は、持続的立業に従事する労働者が就業中しばしばすわることのできる機会のあるときは、当該労働者が利用することのできるいすを備えなければならない」と記す。違反すると、罰則(6月以下の懲役または50万円以下の罰金)が科せられる。



鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。