◆専用アプリで勤務時間を管理
「労働時間の偽装が横行している」。東京都内にあるアマゾンの配送拠点で年初まで倉庫管理業に従事した男性(42)が、東京新聞「ニュースあなた発」に情報を寄せた。男性は、配達員から終業時間や配達個数の報告を受けるなど勤務管理に携わり、配達員の稼働時間や下請けの指示内容を知る立場にあった。アマゾンの配送拠点で倉庫管理業に携わった男性
アマゾンは、独自の基準で週の労働時間が60時間を超えないように定める。男性によると、配達員はアマゾンの専用アプリを使って働き、労働時間はアプリのログイン時に必要なIDで管理される。働く時間が週60時間を超えそうになると、2次下請けの責任者が別人のIDでログインするように指示したという。◆繁忙期、「未配」を防ごうと…
なぜ他人のIDを使わせるのか。男性は「荷物量の多さ」を理由に挙げ「セール期間など繁忙期になると人手が足りなくなる」と証言。荷物を運べなくなる未配を防ごうと「下請けの社員が走れるドライバーに対し、稼働時間が60時間に達していない『ダミーID』の使用を指示して配達させた」という。 2次下請けは、取材に「お答えは控えさせていただきたい」とメールで回答した。◆「辞めた人のIDも使っていた」
同様の証言は別の地域でも上がる。2022年夏までの2年間、横浜市内でアマゾンの荷物を配達した60代男性は「他人のIDで別人に成り代わって働いたことがある」と話す。 1日の荷物量は200個超。早いときは朝6時30分から荷物を積み始め、遅いときは夜9時過ぎまで配達した。労働時間は1日12時間を超え、週後半に上限の60時間に近づくと、契約先の1次下請けの事務員が別人のIDを使うよう促したという。男性は「辞めた人のIDも使っていた。(現場では)週60時間を超えないように他人のIDが使い回された」と振り返る。 法政大学の沼田雅之教授は「(週60時間の)労働時間の上限は生命・健康を守るためにあり、それを超えて働かせるのは問題だ」と強調。個人事業主に労働時間の法規制が適用されない状況にも言及し、「ものすごい量の荷物が発注されれば、自由度の高い(個人事業主の)働かせ方とは言えず、アプリで業務を指示されるなど拘束性も高い。『労働者』として保護すべきだ」と指摘する。 アマゾンジャパンの話 アマゾンは、配送を委託する「デリバリー・サービス・パートナー」(DSP)に対して安全な環境を整えること、関連法規やアマゾンの基準を順守することを求めている。配送に従事する方の雇用・契約、稼働管理、支払いは、DSPに責任をもって行っていただいている。(法規や基準を)順守していないことが確認された場合は適切に対処する。また、アプリの利用は必須ではない。アプリによりドライバーは安全な配送のために必要なサポートを受けることができる。個人事業主 組織に属さず個人で事業を営む働き手。会社から指揮命令を受けて仕事をする労働者と異なり、個人の裁量で自由に働けることからフリーランスと呼ばれる。労働時間の規制はない。物流の現場では、ネット通販大手や下請けの運送会社から配送を請け負う。国土交通省によると、軽貨物車で運送する事業者の数は22万超(2023年3月末時点)。大半が個人事業主とみられる。
◇ ◇◆2022年、労組は改善を求めたが
アマゾンの配送拠点で他人のIDによる「なりすまし」が相次ぐ問題は、コロナ禍を経てネット通販が伸長する裏側で、荷物を運ぶ配達員の人手不足が深刻化している現状を示した。 国土交通省によると、宅配業者による宅配便の取扱個数は2022年度が約50億個と10年前の1.4倍に増加。統計に含まれないアマゾンなどネット通販事業者による自社配送を加えると伸びはさらに大きくなる。実際、配達員から相談を受ける労働組合・東京ユニオンには、「荷物が多い」との声が寄せられる。 労組は22年6月、アマゾンジャパンや下請け会社に要求書を提出。神奈川県横須賀市の配送拠点で「荷量の適正化」を求めた。「人手不足の現場で荷物を配りきるため、他人IDの使用が日常的に行われた」(担当者)現状もあり、改善を求めたところ、要望後には行われなくなったという。◆個人事業主ドライバーにひずみ
下請けは「個別具体的な回答を行うことは差し控えております」と答えた。1次下請け会社から倉庫管理者に送られた画像の一部。配達員が働く際のルールとして「本人以外のアカウント使用は違反」と記されている=元倉庫管理業の男性提供
荷物量の増加は、大手運送会社が労働時間規制がない個人事業主のドライバーに業務委託する動きを加速化させた。業界特有の多重下請け構造の下では、労務管理が行き届きにくい。 物流業界に詳しい立教大学の首藤(しゅとう)若菜教授は、企業にはSDGs(持続可能な開発目標)の観点からサプライチェーン(供給網)の末端まで問題がないか目を配る必要があるとし「アマゾンもドライバーの労働問題と無関係とは言えず、社会的・道義的な責任は大きい」と訴える。「ニュースあなた発」は、読者の皆さんの投稿や情報提供をもとに、本紙記者が取材し、記事にする企画です。身の回りのモヤモヤや疑問から不正の告発まで、広く情報をお待ちしています。東京新聞ホームページの専用フォームや無料通信アプリLINE(ライン)から調査依頼を受け付けています。秘密は厳守します。詳しくはこちらから。
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