秋田と山形にまたがる鳥海山のふもと。豊かな雪解け水が潤す庄内平野。そんな故郷の風景と重ね合わせるかのように、「水のような、空気のような」文字作りに長年、まい進してきた。
「書体」「フォント」などと呼ばれる文字のデザインを手掛けてきた鳥海(とりのうみ)修さん(69)=長野県=の講演会が7日、出身地の山形県遊佐町で開かれた。100種類以上の書体の開発に関わった約40年間を振り返り、「文字作りを通した人とのつながりが私の宝物」と語った。
「文字を作る仕事と古里」と題した講演会は遊佐町の合併70周年記念事業として町立図書館が主催し、約100人が耳を傾けた。
自らの仕事を「書体設計士」と表現する鳥海さん。子供時代に山や川でアケビや魚をとって遊んだり、母親にしかられて桜の木に縛られたりした思い出を懐かしみながら、話を続けた。
「毎日書体」に衝撃、文字の世界へ
多摩美術大に在学中、鳥海さんは毎日新聞東京本社を訪ねて書体制作現場を見学し、「毎日書体」と呼ばれる独自の新聞書体を1文字ずつ手作りしている仕事に衝撃を受けたという。
それまで文字に対して「畑を掘れば出てくる石器や土器みたいな」イメージを抱いていた鳥海さん。漢字や仮名、アルファベットなど約2万字もの書体が手書きの文字から作られていく過程に魅了された。文字はただ、そこに存在するのではない。「本当に人が作っているという思いが浮かばなかった。カルチャーショックだった」
中でも、当時の毎日新聞社で書体を担当していたデザイナー、小塚昌彦さんが話した「日本人にとって、文字は水であり米である」という言葉が強烈に印象に残った。「故郷の景色を思い浮かべて、仕事を志す発端となった」と当時を振り返る。
大学卒業後、写真植字機メーカーに就職した後に書体の制作会社を設立。マイクロソフト社の文書作成ソフト「ワード」の書体など数多くの開発に関わった。今年3月、文化活動に著しく貢献した人を表彰する第58回吉川英治文化賞を受賞した。
谷川俊太郎さんの詩を組む書体作り
さまざまな書体を手掛けてきた中で印象に残るのが、今年11月13日に92歳で亡くなった詩人、谷川俊太郎さんとの出会いだ。今も思い出す、胸が熱くなった瞬間を講演の中で明かした。
2017年、谷川さんの詩を組む書体制作の企画に取り組んだ鳥海さん。「僕ね、良寛の文字が好きなんだよ」と話す谷川さんにささげるような気持ちで試行錯誤を繰り返し、仮名書体「朝靄(あさもや)」を生み出した。
谷川さんはその出来栄えを称賛し、「私たちの文字は自然の息吹を残している」などとしたためた一編の詩を贈ってくれた。鳥海さんは「(意識しないで読める)水のような空気のような書体は一人にとって一つだという風に思った」と話す。それは誰かが作った一つの書体ではなく、一人一人それぞれ異なるという。
会場では「豊かな田んぼをイメージさせるような『た』の字を作って」というリクエストに応え、制作作業を公開する一幕もあった。
遊佐町立遊佐中2年の畠中彪良(あきら)さん(14)は講演後、思わず夢を打ち明けた。「著書を読んでから水のような空気のような米のような書体って何だろうとずっと疑問に思っていたが、人によって違うんだという答えを得た。いつか自分でも遊佐の美しい風景が立ち上がってくるような書体を作ってみたい」【長南里香】
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。