[八重山生活誌 宮城文が伝える味](4)吉江眞理子

子どもたちと記念写真に納まる若い頃の宮城文(提供)

 教職員夫婦の新婚時代は、かくも忙しいものなのか…。

 宮城文の新聞連載『私の戦後史』には、登野城小学校教員の同僚である信範(しんぱん)と結婚した後、前任地の新城島から夫婦ともに、1917(大正6)年に黒島小学校に転任したことが書かれている。

 校長の夫と準訓導の文は、新城島と同様に夜や休日を使って、大人にもさまざまなことを教えた。夫は青年教育、文は養蚕、機織り、裁縫、料理。

 新城島では生まれたばかりの長女の成(せい)を背中におぶって、腰にくず芋をぶらさげ、寝食を惜しんで機織りに没頭したと記されている。赤ん坊が蚕をしゃぶっているのを見て仰天。黒島赴任中は、石垣島の夫の両親に娘を預けている。

 「島の麦粉と黒糖でカスティラの作り方を教えた。これが好評で、黒島名産の土産として重宝がられ、その名も『文先生の菓子』と呼ばれた」という記述がある。それを読んで、ピンとアンテナが立った。

 93年に「ヤマト嫁」の取材で会った黒島の宮良道子さん(69)に電話すると、「ああ、あの厚い本ね」。文に習ったしゅうとめは亡くなったが、今も「文先生の菓子」を作る方を紹介してくれるという。トントン拍子に運んだ。

 2023年5月、石垣港から出航する黒島行きの船内で道子さんと待ち合わせる。道子さんは保育園勤務を経て、今や竹富町議会議員。議会後、黒島に戻る時間に合わせて、一緒に島に渡る。26年ぶりだ。

カスティラを手に笑顔の宮良道子さん(右)と宮良ミヨさん。ミヨさんは取材後の2023年6月に95歳で急逝した=23年5月、竹富町・黒島(筆者撮影)

 5月の黒島の空には、たくさんのこいのぼりが泳いでいた。道子さんに続くヤマト嫁たちが増えて仲本集落は今、子どもの誕生ラッシュらしい。

 夕暮れ近くに訪ねた宮良ミヨさん宅の台所で、早速料理教室が始まった。「今まで牛まつりでは、四角いバットで作っていたけど、何年か前に小さなアルミホイルで作ると、あっという間に売り切れたさぁ。400~500個ぐらい売れたよ」

 ミヨさんは、台所に立つ道子さんに材料を指示する。が、「分量は目分量さ。忘れたさ」というので、道子さんは文が書いた分厚い『八重山生活誌』を開いて、小麦粉や粉黒糖を計る。

 「すごいよね、あの時代にきちんと分量を記してあることが何よりすごい。レシピがあるってことがすごい!」

 道子さんは本を見ながらしきりに感嘆する。確かに、菓子作りは分量を守ることが実は大事なのである。

 ミヨさんはかつて道子さんと保育園で働いていた仲だ。「島では子どもは宝だからね。道ちゃんは5人も育てた。道ちゃんが嫁に来てからこの集落は栄えているさぁ、みんな慕っているし」

 ゆんたくしているうちに「どうだろう、もういいんじゃない?」と道子さんが言って、蒸し器のふたを開ける。

 ふわ~っと蒸気が上がり、幸せな時間が湯気とともに立ち上る。黒糖の甘~い香りが立ち込める夕暮れ時の台所は、島の一番の特等席だ。

 さあ、「文先生の菓子」黒糖蒸しカスティラの完成だ。

黒島で息づく黒糖蒸しカスティラ

 夜、道子さんの夫の哲行さんから興味深い話を聞いた。驚いたのは、宮良家と宮城文が親戚だということだ。

 文の夫・信範の妹の信(のぶ)は宮良殿内に嫁いでいる。哲行さんの祖父の葬儀には文の息子・信勇と孫の信博さんが弔問に来たという。

 文夫婦は親戚がいる島だから、島人との交流に熱心に取り組んだのだろうか。『私の戦後史』には、仕立てを教えた返礼には、石垣に家を建てる時に結(ゆい)として手伝ってくれと言っておいたため、黒島からの木材や人手のおかげで家が建った、とある。

 そして、今も「文先生の菓子」が作られている事実は、文が自分ができることを島人に惜しみなく伝え、生活技術を身につけて暮らしを向上させようとしていたこと、島人もそれに感謝して慕っていたことを想像させる。

 黒島赴任中、文は預けていた長女を亡くす不幸を味わってもいる。子を亡くしたからこそ、文の自称「お母さん先生」は、島人にとって、利他の心を持つ慈母のような「文先生」でもあるのだ。

孫嫁 宮城礼子さんのヨモギ入り黒糖カスティラ

 子どもの頃、旧暦三月三日のサニズ(浜下り)になると、家族そろってフチムチ(ヨモギ餅)を作ったり、潮干狩りに行ったりした楽しい思い出がよみがえります。

 ヨモギを入れた黒糖カスティラを作ってみました。ヨモギの独特な香りとほろ苦さがなんともいえません。

宮城礼子さんが作ったフチ(ヨモギ)入り黒糖カスティラ=17日、那覇市首里赤平町・潭亭

 【レシピ】

 ●材料 強力粉250グラム、重曹5グラム、ベーキングパウダー3グラム、粉黒糖200グラム、牛乳150ミリリットル、水150ミリリットル、ヨモギ適量

 ●作り方

 (1)分量の水を温め、粉黒糖を加えて溶かし、冷ます。そこに牛乳を入れる。

 (2)強力粉に重曹とベーキングパウダーを加え、(1)にふるい入れる。泡だて器でよく混ぜ、生地を作る。ゆでたヨモギをフードプロセッサーかすり鉢で細かくしたものを、汁を絞って生地に加える。

 (3)ホイルカップに(2)を入れて、蒸気の上がった蒸し器に入れ、強火で15~20分蒸す。

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