今季の大谷は多くの記録を達成し、多くの名場面を作り出した(9月19日の7回第5打席で放った50号本塁打) CHRIS ARJOON/GETTY IMAGES

<前人未到の「50-50」を達成しても止まらない向上心で「54-59」に到達。ポストシーズンへと舞台は移り、ドジャースで悲願のワールドシリーズ優勝を実現できるか?>

まだ暑い、9月の日曜日。MLB(米大リーグ)の優勝争いが佳境を迎える10月は刻々と近づいており、ドジャースタジアムは今日も満員の観衆で埋まっていた。

この時期、ロサンゼルスは野球への熱気が高まる。ドジャースは昨年までの11シーズンに10回のナショナルリーグ西地区優勝を果たしたが、その間にワールドシリーズを制したのは1度きり。ファンの期待感は、また不本意な秋が来るのではないかという恐怖と表裏一体だ。


そんななかで迎えたこの日、9月8日のクリーブランド・ガーディアンズ戦で、大谷翔平は彼にしかできないことをやってのけた。大谷が放った46号本塁打は、飛距離450フィート(約137メートル)。ドジャースタジアム史上、最大級だ。

翌日には今季47個目の盗塁を決め、MLBで前人未到の「50-50」(シーズン50本塁打・50盗塁)にまた一歩近づいた。

11日後、大谷はまたも彼にしかできないやり方で壁を破り、彼だけが達成できる記録を築いた。9月19日、マイアミでのマーリンズ戦で、6打数6安打、3本塁打、2盗塁、10打点を記録し、見事に「50-50」を達成。これは野球史で、個人が成し遂げた最も偉大な試合かもしれない。

「史上最高のゲームだ。間違いない」と、ドジャースの二塁手ギャビン・ラックスは絶賛した。三塁手のマックス・マンシーも「こんなのあり得ない」と語った。

遊撃手のミゲル・ロハスは「実はもう泣きそうだった」と打ち明けた。「何だか込み上げてきちゃって。舞台裏の全てを目にしていたから」

全野球選手の頂点を極める

「50-50」は、とんでもない高みだ。MLB史上、「40-40」(シーズン40本塁打・40盗塁)を達成した選手は、大谷を含めて6人のみ(上の表参照)。そして大谷以前に「50-50」に迫った選手はいなかった。9月27日時点でその記録を「54-57」まで伸ばしている。

今季の大谷は右肘手術後のリハビリのため、投手としての出場はない。その空いた時間をつぶすために、打者としてやれることを探しているかのようだ。ここまで大谷は、彼をつぶさに見てきた者も目撃したことのない強さとスピードを見せてきた。

「うれしさと安堵と、同時に記録を作ってきた先輩方へのリスペクト。そういう気持ちでいます」。大谷は「50-50」を達成した直後の記者会見でそう語った。「早く決めたいともちろん思っていた。(49号から)1打席目で決められてよかった」


 ❝SHOHEI QUOTE_01❞
今日まず、ここで(発表)して野球に集中しようと思ったのが1番です
(2月29日、自身の結婚についてコメントして)

オールスター戦前のレッドカーペットに真美子夫人と登場(7月16日) UPI/AFLO

大谷には常に大きな期待が集まっていたが、昨年12月にドジャースと10年総額7億ドルの契約を結んだときに最高潮に達した。いま彼はその期待を上回り、新しいチームをさらなる高みへ連れて行こうとしている。

「彼は本気だ」と、ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は言う。「全ての野球選手の頂点を極めようとしている。それには誰もやっていないことを成し遂げなければならない」


これが大谷と契約するようドジャースを後押しした要因でもある。大谷がいれば、チームはどこへでも行ける──そう思えるのだ。

大谷をドジャースに導いたのも、一番になりたいという彼の熱意だった。古巣のエンゼルスから、豊富な資金と勝利の歴史を持つ「隣町」のドジャースへの移籍は、大谷が初めてポストシーズンの優勝争いに加わるという保証に近かった。

「自分への期待にうまく対処するには、特別な人間、特別な頭脳でないといけない」と、ロバーツは言う。「彼がプレーするときは、チームの勝利に貢献することに集中する。そしてスタジアムのファンの50〜75%が、自分のプレーを見に来ていると知っている。これは大変なことだ」

今季見せた2つの新たな顔

メジャー7年目で初の地区優勝を果たした大谷(9月26日) BRIAN ROTHMULLERーICON SPORTSWIRE/GETTY IMAGES

今季の大谷は、新しいチームと同僚を知り、新しいクラブハウスのカルチャーに適応するというプレッシャーを背負っていた。おまけに3月に韓国・ソウルで行われた開幕シリーズのさなかに、長年の通訳で友人でもあった水原一平を違法賭博事件で突然失った。水原は6月に銀行詐欺罪などで有罪を認めており、10月25日に量刑言い渡しが行われることになっていた。

だが水原側は12月20日に延期するよう申し立て、裁判所がこれを認めた。10月25日はワールドシリーズ第1戦の日。偉大な選手から金を盗んだ罪で量刑を言い渡されるのに適切な日ではないと考えたのだろうか。

水原が野球賭博の借金を支払うために大谷の銀行口座から約1700万ドルを横領したことが明らかになった後も、彼のプレーに全く支障がなかったという事実は注目すべきだ。

水原がドジャースを解雇され、代わってウィル・アイアトンが新しい通訳となって以降、大谷がロバーツやチームメイトに対してそれまでにも増して胸の内をさらけ出すようになったのは、誰にとっても思いがけない展開だった。


 ❝SHOHEI QUOTE_02❞
メンタルがプレーに影響するとは思っていない。しっかりとした技術さえあれば、どんなメンタルでも打てると思っている
(5月27日、水原元通訳の賭博問題のプレーへの影響について語って)

走塁の激しさが増したことが今季の盗塁増につながった(8月3日) THEARON W. HENDERSON/GETTY IMAGES

異例ずくめの状況で開幕を迎えた大谷だったが、この夏の活躍は最優秀選手(MVP)候補と呼ぶにふさわしいものだった。打撃や走塁、勝負強さはもちろん、スター選手のムーキー・ベッツが6月に左手の骨折で戦線離脱して以降は、ごく自然に1番打者の代役を務めてチームを支えた。

1番打者としていい仕事をしたことで、8月にベッツが復帰した後もドジャースは打順を戻さず、ベッツは大谷がいた2番に入った。

「彼は自分の前に置かれた目標を全て達成してしまう」と、ニューヨーク・メッツの遊撃手で今年のナショナルリーグのMVPを大谷と争っているフランシスコ・リンドアは言う。

「あれだけのものを背負った状態で開幕を迎えたというのにね。ものすごく頭がいいことが分かるし、どんな日も万全の態勢でプレーに臨んでいるんだろう。肘のけがもあるのに、すごい仕事ぶりだよ」


投手・大谷の活躍こそ見られないものの、私たちは今シーズン、彼の新たな側面を2つも目の当たりにしている。

1つ目はロバーツもリンドアも言及した、とてつもないレベルの知力と、それが生み出す超人的とも思えるメンタルの強さ。

2つ目は盗塁のたびに見せつけられるスピードと走塁に対する勘の鋭さだ。こちらについては来シーズン以降はお目にかかれないかもしれない。

今シーズンの大谷のパワーは打撃に集中できているおかげだと考える人は多い。その一方で、マウンドに立てない分、大谷の走塁が激しさを増している点に注目すべきだという見方もある。

「今年は投手をやっていないから、その分(打撃や走塁で)タンクを空にしているのだと思う」と、ロバーツは言う。

「二刀流であっても、パワーや出塁率や打率は同じレベルを実現できるだろう。OPS(出塁率と長打率を足した数値)もほとんど変わらずにやれる。でも盗塁だけは、そうはいかないのではないか」

夏のさなか、盗塁数が24に達した時点で、大谷の走塁には大きな注目が集まっていた。

例えばフロリダ・マーリンズ(当時)などで監督を務め、この夏に野球殿堂入りしたジム・リーランドは私にこう語った。「あんなもの(盗塁)はこれまで見たことがない。今年は投げていないにせよ、投打の両方をやっているのに」

「でも大谷について最も印象に残るのは、あれだけ大柄なのに走り方が優雅なこと。そこがすごく驚きだ」


 ❝SHOHEI QUOTE_03❞
いや、特にびっくりはしなかった
(6月5日、パイレーツのスキーンズ投手から第1打席に3球連続ストレートを投げられて)

オールスター戦で他球団の選手とも談笑 AP/AFLO

新人剛腕投手と真っ向勝負

とはいえドジャース1年目の大谷の活躍は、やはり破壊力あふれるバットなしには始まらなかった。大きな注目を集めたのが6月5日のピッツバーグ・パイレーツ戦。大学時代は二刀流だったという超大型新人ポール・スキーンズ投手との対決だ。

1回の初対決では、スキーンズが100マイル(約160キロ)超えのストレートを3球続け、大谷を3回空振りさせて三振に打ち取った。しかし3回の2度目の対決では、フルカウントまで粘った大谷がスキーンズの100マイル超のストレートをはじき返し、飛距離415フィート(約126メートル)の本塁打にした。


「最初のイニングは真っ向勝負したかった」と、8月にスキーンズは私にそう語った。「間違いなくそれがうまくいった。2度目の対決では通用しなかったけどね」

スキーンズは、大谷を前にいつもとは違う緊張感があったことは認めた。大物だからではない。「大谷は苦手とするコースが少ないから、いつもよりきちんと、いくらか精度を上げて投げないといけない」と、スキーンズは言う。

2人が次に会ったのは7月のオールスター戦だった。スキーンズはナショナルリーグの先発投手に指名され、大谷は指名打者として3打点を挙げた。大谷と交わした言葉を、スキーンズはこう振り返る。

「一番よく覚えているのは、先発で緊張しているかと聞かれたこと」と、スキーンズは言う。

「『いや、それほどでも』って感じで答えて、『オールスター戦で先発したことは?』って聞いたら、『あるよ』って。それから『いま緊張してる?』って聞いたら、彼が『いや』って答えたので、2人一緒にいい感じでちょっと笑ったんだ」

ドジャースと日本の深まる絆

今もインタビューには日本語で答えているが、大谷の英語力は向上していると関係者は語る。チームメイトとのコミュニケーションは、2018年にMLBデビューしたときよりずっと容易になったという。ドジャース移籍後に通訳が代わってからはさらにオープンになったと、監督も選手も口をそろえる。


 ❝SHOHEI QUOTE_04❞
自信のある時しかいっていない
(8月17日のカージナルス戦後、好調の盗塁について語って)

大谷を「センセイ」と呼ぶ二塁手のラックス GINA FERAZZIーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES

「新しいチームに来たら、他人の気に障ることをしないように気を付けるものだ」と、二塁手のラックスは言う。「でも、彼はシーズンが進むにつれてオープンになって、居心地がよさそうになった。自分らしくいられると感じているんじゃないかな。彼はとても素晴らしい人間だよ」

ラックスにとって印象深い個人的なエピソードは、自分の打席が終わるたびに大谷が近づいてきて、投手目線で話をしてくれることだという。


「彼のことを『センセイ』と呼んでいる。いつも打撃について質問するんだ。『君にはどう見える? どうすればいい?』と。そのたびに、いいフィードバックをくれる」

「僕らにとって楽しいのは、舞台裏をのぞき見できること」だと、リリーフ投手のエバン・フィリップスは語る。

「彼の毎日はどんな感じか。仕事に対する姿勢は? ルーティンは? 単に特別な才能の持ち主というだけじゃない。そのために彼がどれほど努力しているか。チームメイトとして、それを知るのは特別なことだ。そして僕らは試合で発揮される成果を目にする。それは本当に、本当に特別なんだ」

「大谷ウオッチャー」を自負する投手のフィリップス BRANDON SLOTER/GETTY IMAGES

大谷の古巣エンゼルスタジアムと新天地ドジャースタジアムは50キロも離れていないが、「居心地」には途方もない差がある。

9月26日、ドジャーブルーのユニフォームをまとった大谷は、メジャー7年目でついにエンゼルスでは味わえなかった初の地区優勝を果たした。大谷個人だけでなく、MLBにとっても朗報だ。最も人気のある国際的スーパースターが、ついにポストシーズンでプレーするのだ。

大谷は(同じく新加入の山本由伸と共に)ドジャースと日本の既に豊かな歴史に魅力的な新章を加えることになった。読売ジャイアンツは1961〜81年に5回、フロリダのドジャータウンでキャンプを実施。野茂英雄はドジャース在籍中にオールスター戦の先発とノーヒットノーランを達成した。

ドジャースに在籍した日本人選手には、ほかにも黒田博樹や前田健太らがいる。「日本の野球において、MLBとの関係はドジャースとの関係だった」と、自身も日本生まれのロバーツは言う。


 ❝SHOHEI QUOTE_05❞
緊張しましたね。打席よりも緊張しました
(8月28日、愛犬デコピンと始球式をして)

ORLANDO RAMIREZ/GETTY IMAGES

アナハイムでは夏が深まった頃にエンゼルスのシーズンは事実上終わり、大谷は10月から始まるオフシーズンの計画を自由に立てることができた。それもドジャースに移籍した今年はついに終わる。今の大谷は明らかに気力が充実している。

「この順位を経験できるのは個人的に初めてのこと」だと、大谷は9月上旬、移籍後初めてエンゼルスタジアムでレギュラーシーズンの試合に出る準備をしながら記者団に語った。「そして首位の座を狙う同地区のライバル球団と対戦できる。個人的にはとてもエキサイティングだ」


今シーズンの大谷はメジャー通算200本塁打を放った初の日本人選手となった(松井秀喜は175本)。USAトゥデーのボブ・ナイチンゲール記者によれば、昨年はわずか50万ドルだったドジャースタジアムの外野の壁面広告の料金は、大谷が移籍した今季は約650万ドルに跳ね上がったという。

大谷は今の状況を大いに楽しんでいる。愛犬デコピンをドジャースタジアムに連れてきて始球式に登場させたのがいい例だ。

「すごいことだ」と、大谷と同じ北海道日本ハムファイターズ出身で現在はサンディエゴ・パドレスの右腕ダルビッシュ有は語る。ダルビッシュも歴史を塗り替え続ける大谷を称賛する1人だが、驚きはないという。

「彼(大谷)の性格は分かっている。昨年、ロナルド・アクーニャJr.が『40-70』(40本塁打・70盗塁)を記録したとき、彼は『50-50』を狙うだろうと思った。彼はロサンゼルスで素晴らしいプレーを見せている。移籍して1年目、大型契約の1年目ではなかなかできないことだ。9月にエキサイトしたいといつもメディアに言っていて、ついにそれを実現させたんだ。だから毎日エキサイトして、球場に来るのが楽しいんだと思う」


 ❝SHOHEI QUOTE_06❞
早く決めたいともちろん思っていた。(49号から)1打席目で決められてよかった
(9月19日、マーリンズ戦で50号本塁打を放ち「50-50」を達成して)

※記事中の記録は日本時間9月28日正午現在

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