[金平茂紀のワジワジー通信 2024](21)

 壮大なメディア・ショーが終わった。あれは一体何だったのか。決選投票の結果、石破茂元幹事長(67)が自民党の新総裁に選出された。9月27日の午後3時半を過ぎていた。

 実は、僕はその前日に、静岡地裁で言い渡された袴田巌さん(88)に対する無罪判決を現地で取材していて、判決の余韻を心の中で反芻(はんすう)していた状態だった。どっちが歴史的かと言えば、もちろん袴田さんへの無罪判決だ、と念じていたのだ。メディア・ショーに乗ることに対する嫌悪感があった。

 一方で僕はテレビのモニターを凝視していた。それは1回目の投票で、高市早苗経済安保相が議員票、党員党友票ともに首位を獲得して、決選投票に進んだことに軽い衝撃を禁じえなかったからだ。自民党は変わっていないんだな、と。「最悪の事態」がやってくるかもしれないな、と。

 その後、決選投票で逆転が起きた。その要因を、政治記者や評論家、コメンテーターたちがにぎやかに解説していた。いわく、最後にはバランス感覚が働いた、保守色のあまりに強い高市氏への抵抗感があった、最後は岸田前首相が決めた、など言いたい放題だ。でも結局は、予想される次の総選挙で勝ちたい、自分が当選するにはこっちの表紙の方がいいという「総選挙の顔」選びだったのではないか。だから政策論議は深まらなかった。もともと初めからそんなものは期待されていない身内のボス選びだったのだから。

 けれどもそこが実質的に日本の首相選びになっているという理不尽。おおよそ民主主義国家の政治リーダー選出とは異質の儀式が続いてきているのがこの国の現実なのだ。それを詳報するメディアも共犯関係にある。そのメディアの一部には、とにかく「最悪の事態」は免れた、という認識が共有されているのかもしれない。

 新総裁の沖縄への向き合い方はどうなるのか。9月17日に那覇市で総裁選9候補者の演説会が開催された際、僕は会場内で取材した。会場のなはーと(那覇文化芸術劇場)はこの日、本来は休館日だったのだが、自民党が急遽(きゅうきょ)借り上げて使った。

 登壇した候補者たちはほとんどが、かりゆしウエアを着ていた。沖縄との近さをアピールしたかったのだろう。独断で言えば、最もお高くお洒落(しゃれ)なかりゆしを着ていたのは、小泉進次郎、小林鷹之、加藤勝信、高市早苗の各氏。彼ら彼女らは全員、基地問題には言及しなかった。

 演説会を取材した理由は、沖縄県で起きた米空軍兵による少女暴行事件について何らかの言及があるかもしれないと思ったからだった。『報道特集』(TBS系)で放送した「沖縄の米兵事件なんか知らない」(9月21日放送)で、伝えることがあるかもしれないと思ったからだ。2人だけが直接間接に触れていた。

 ひとりは上川陽子外相。「基地関係者の性犯罪については二度と起こさせない。こうした厳しい姿勢で交渉に臨みます」と。ならば、なぜ事件を沖縄県に対して隠していたのかと怒りが湧いたが、質問がもともとできない仕組みなのだった。

 もうひとりが石破茂氏だ。石破氏は日米地位協定について、もはや運用の改善ではなく、改定に着手すべきだと明言していた。自民党は徹底して候補者たちへの直接取材を封じていて、演説会終了後、会場から大型バスに候補者たちを乗せ、空港まで直行させていた。これはやはりメディア・ショーだな、と実感させられた。

 石破氏と沖縄と言えば、幹事長時代の2013年、普天間基地の辺野古移設に反対していた当時の県選出自民党国会議員5人を横にはべらせ、公開の場で移設容認を迫った「平成の琉球処分」で知られている。これについて石破氏は演説会で「深くおわびを申し上げる」と述べていた。

 だが、辺野古移設が唯一の選択肢であるという政府方針を見直す意向などさらさらない。そして、石破氏の主張する日米地位協定の改定が、いかに壁の高い設定であるか。防衛大臣を歴任してきた石破氏がそのことを最もよく熟知しているはずだ。交渉相手は米軍=米政府であるはずなのだが、実はその前に、日本の外務省が、地位協定の改定に後ろ向きなのだ。

 下手をすると、石破氏は旧民主党政権時代の鳩山由紀夫元首相と同じ轍(てつ)を踏むことになるのかもしれない。鳩山氏は、当時「最低でも県外」の公約を、米政府の威を借りた外務省の「裏切り」により反故(ほご)にされた経緯がある。

 先に記した『報道特集』のなかで、作家の目取真俊さんが何度も言っていた。沖縄は植民地なのか、と。「県内の歴史をたどれば、沖縄は結局は植民地が形を変えただけの姿がずっと続いてるということだと思いますよ。沖縄戦を見てもですね、あるいは戦後の米軍統治を見ても、沖縄は結局、いざとなれば切り捨てられるトカゲのしっぽみたいなものなわけですよ」

 石破氏に希望を見いだすとすれば、疲弊した地方の姿を熟知していることだ。地方が活性化し生き残らなければ、本当の意味で国民の営みは幸福にならない。その信念が石破氏にはある。地元の鳥取県は人口53万人余、沖縄県の半分にも満たない。地方を切り捨てて、都市部が栄える国のあり方は醜い。

 故・筑紫哲也さんが今から37年前の「多事争論」という名物コーナーで沖縄を巡って次のように語っていた。末尾に石破氏宛てに記しておきたい。「…誰かを踏みつけにして自分たちの都合のためにそれを見て見ぬふりをしている国が、ろくな国になる筈(はず)がない」 (ジャーナリスト)=随時掲載

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