野球好きなら一度は握ったことがあるであろう軟式球「ケンコーボール」。製造会社「ナガセケンコー」(東京都墨田区)会長の長瀬泰彦さん(65)は、社業のかたわら学童野球の取材をライフワークにしている。これまで9年間で600チーム以上の関係者から話を聞き、自ら運営する野球情報メディア「ベースボール・ジャパン」で記事や動画を公開。野球人口減少に歯止めをかける一助になることを願い、現場の声を伝えている。(酒井翔平)

◆球場に足を運び、自分でカメラを回す

 レインボーブリッジの真下にある東京都港区の芝浦南ふ頭公園運動広場。4月中旬の土曜日、長瀬さんのカメラが守備練習に汗を流す「東京サニーズ」の選手たちを追う。「どんなチームにしていきたいのか」「勧誘活動はどんなことをしているのか」。監督へのインタビューでは質問が途切れない。保護者にもチームを選んだ決め手などを聞いて回った。

保護者にインタビューする長瀬泰彦さん=東京都港区で

 スポーツ用品の製造販売を手がける「ナガセケンコー」の軟式野球ボールは、全日本軟式野球連盟(全軟連)の公認球として全国で幅広く使われている。もともと趣味で始めた取材活動だったが、「いろんな人と会え、いい刺激になる」と今や長瀬さんにとって欠かせないものとなった。  きっかけは、ある違和感だった。活動を始めた2015年は子どもの野球離れが顕在化し始めた時期。全軟連や業界関係者からは、チームの手伝いや経済面など「親の負担」を主な原因とする指摘があったが、問題はもっと複雑なのではないかと疑問を抱いた。「僕が見た中では楽しんでやっている人が多かった。本当にそうなのか」。現場の実態を知るため関東を中心に岩手や岐阜、石川、大分など地方にも足を運び、中学軟式や硬式チームにも取材した。

◆悩みも工夫も各地で違う

 「親の負担」が無視できないのは間違いない。そして、それには子どもの生活スタイルの変化も影響している。チーム運営は監督やコーチ、保護者のボランティアに頼るところが大きいが、共働き世帯やひとり親世帯は珍しくなく、塾通いや中学受験をする子どもも多い。「長時間練習は当たり前」「保護者も参加」という従来のやり方が、保護者だけでなく忙しい子どもたちからも敬遠されているのではないかと感じたという。  地域差もあった。首都圏では練習場所の確保が難しく、他のスポーツや習い事など競争相手が多いことも悩みの種。地方では地元にチームがなく、何十分もかけて他地域のチームに通うなど、そもそも野球をするための選択肢の少なさが問題となっていた。

学童チームの練習を撮影する長瀬泰彦さん=東京都港区で

 一方で、練習場に併設された学習塾で勉強のサポートをしたり、練習は土日のどちらか1日の半日だけにしたりと、ニーズに応じて柔軟に活動しているチームもあった。野球の技術論に関する情報が書籍やインターネット上にあふれる中で、「記事を通して、情報共有されることがほとんどないチーム運営法を知ってもらいたい」と長瀬さん。チーム関係者にとって課題解決のヒントになるとともに「子どもたちが自分にあったチームを選ぶ手助けになれば」と願う。  将来的には「高校野球や一般の軟式野球も取材したい」という。野球の発展を願い、これからもグラウンドに足を運び続ける。 

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