復刻ビール『アサヒクラシック』を手にする客席販売員=甲子園球場(中島信生撮影)

100年前に愛飲されていたビールをアサヒビールが再現し、8月に開場100年を迎える甲子園球場(兵庫県西宮市)で今季限定販売されている。深いコクと苦みが特徴の「アサヒクラシック」。アサヒビールは「100年前の文献をひもとき、かなり(当時に)近しい味になっている」と胸を張り、球場側も「歴史に新たな一ページを加えるもの」と期待を寄せる。ともに力の入った「一杯」が復刻された背景には、球場を運営する阪神電鉄とアサヒビールとの深いつながりがあった。

深いコクと苦み

甲子園球場は大正13(1924)年、日本最古の本格的な野球場として誕生した。向井格郎球場長によると、販売元は不明だが、開場した年にビールが売られていたことは分かっており、野球観戦にビールというのは当時からの定番だったようだ。

アサヒビール新ブランド開発部の西村壮一郎部長によると、アサヒクラシックは約3年前から開発を手掛けてきたという。

同社資料室に保管されていた約90~100年前の文献をひもとくことからスタート。複数の商品レシピから、ベースにしたのはアサヒビールの前身「大阪麦酒会社」が明治25(1892)年に販売開始した「アサヒビール」のレシピで、当時の作り方と原材料から味を推測しながら、4度の試作を繰り返したという。

完成したのは、麦芽と米を使用したピルスナータイプの明るい黄金色をしたビール。人気ブランド「スーパードライ」と比較すると、苦みとコクがかなり強く、いわば昔ながらの味わい。当時とは工場の設備環境も異なるため「全く(当時と)同じ味になっているとは思っていないが近しいものにはなっている。あえて、かなりのコクと苦みを残す。そこの製法にすごくこだわって作った」(西村部長)。

甲子園球場で限定販売されている「アサヒクラシック」。カップには球場をモチーフにしたデザインが施されている

ビールを注ぐカップにもこだわった。球場の輪郭をモチーフに、球場外観を想起させる深緑色のロゴが描かれ、特別感を醸し出している。

電鉄初代社長の縁

両社間で企画が持ち上がったのは、球場を運営する阪神電鉄の初代社長の外山(とやま)脩造氏(1842~1916年)が、アサヒビールの創業メンバーの一人だったことが縁だったという。

外山氏は天保13年に越後国(現・新潟県)で長岡藩士の息子として生まれた。司馬遼太郎の時代小説「峠」を映像化し、2年前に公開された映画「峠 最後のサムライ」で描かれた越後長岡藩家老で、幕末の風雲児と呼ばれた河井継之助(つぎのすけ)の薫陶を受けている。

戦後は大蔵省(現・財務省)に勤め、日本銀行初代大阪支店長に就任。現在の阪神電鉄の初代社長となり、アサヒビール創設に尽力するなど関西経済界の立役者となった。西村部長は「甲子園球場とは切っても切れない縁だと思っている。球場限定で商品を発売するのは、甲子園球場がおそらく最初で最後だと思っている」と話す。

業界首位の立役者

阪神タイガースが日本一になった昭和60年当時、甲子園球場で販売されていたのはアサヒビールだけだった。他社との競合が激しく、当時のアサヒビールは窮地に陥っていたが、それを救ったのが阪神。球場で多くの観客がのどを潤すために次々とビールに手を伸ばした。その後、スーパードライが生まれ、業界首位に躍り出た。

西宮市で育った作家の佐藤愛子の著書「愛子」(角川文庫)に、こんな一文がある。「停車場前の広場に立っている銅像は袴(はかま)をはいた背の高いおじいさんだった。右手に扇子を持って、高い台座の上でプラットホームの方を睨(にら)んでいる。(中略)わたしはその広場がすきだった」

「背の高いおじいさん」とは、戦前の甲子園駅前に立っていた外山脩造像のこと。広場の中に粛然と立つ銅像は、地元の人々にとっても実に大きな存在であり、名所だったのだろう。

記念撮影で「アサヒクラシック」を手に乾杯する向井格郎・甲子園球場長(左)とアサヒビールの西村壮一郎・新ブランド開発部長=甲子園球場(中島信生撮影)

その外山氏と深い関係にあったアサヒビールの復刻。向井球場長は「ビールを飲みながらの野球観戦は日本の観戦スタイル。100年前にはこういうビールが飲まれていたんだなとイメージしながら飲んでいただけたら」。甲子園100年の歴史を感じるノスタルジーたっぷりの一杯に違いない。(嶋田知加子)

アサヒクラシック 1杯800円。専用の売り子、場内店舗などで販売。催事がない日は球場外周の「ストライク軒NOODLE STUDIO」でも飲める。なくなり次第終了。

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