東京・立川市にプロフィギュアスケーターの浅田真央さんが監修したアイススケート施設「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」が開業してから1カ月が経とうとしています。自身のリンクをオープンすることは、浅田さんの長年の夢でした。
「このリンクを笑顔があふれる場所にしたい」
今月に入って一般入場者数は3000人を超え、文字通り好調な滑り出しといえます。
フィギュアスケート界は選手らを育むリンクが年々減少する現実に、長年にわたり直面してきました。「MAO RINK」が新たな希望の光となるのでしょうか?
実際に行ってみると、スケートリンクをめぐる現状が見えてきました。
(テレビ朝日デジタルニュース部 大見謝華奈子)
■オープン当日は入場まで1時間以上待ち
サブリンクは家族で来たお客さんなどでにぎわっていた この記事の写真は38枚オープン当日。約500人が入場し、さらにエントランスだけでも一目見ようと200人ほどが詰めかけました。リンク内は特有の空気の冷たさを感じますが、それ以上にお客さんが真新しい氷の上で生き生きとスケートを楽しむ雰囲気が伝わり、あたたかくも感じられました。ゆっくりと滑る親子連れや、建物に興味のある男性、大人になってからスケートを始めた夫婦。そこには浅田さんのことば通り、たくさんの笑顔があふれていました。
母親「待ちに待ったオープンで、どうしても子どもたちが来たいと言うので来ました。ショーも見たいし、スケート教室も開いて盛り上げていってほしいです」浅田さんが開く予定のスケート教室に期待を寄せるのは、市内に住む8歳の兄と5歳の妹の母親です。スケートをするのは、兄が2回目、妹は3回目。
兄「真央リンクは他と比べて広い。真央ちゃんと一緒に滑りたい」妹「スケート選手になりたい。(浅田さんの)スケート教室が楽しみ」
浅田さんのアイスショーを見に全国を回ったことがあるという50代の建築家の男性も、スケートをする楽しみを改めて感じていました。
男性「オープンの数日前に、建物を見に来ました。きょうも見て回っていて浅田さんの『つくりたい』という部分が実現できていると思います。スケートをするというより浅田さんの試合やアイスショーを見る方でしたが、これからここのリンクに通おうかな」サブリンクで出会った夫婦は、目の前に広がる光景に驚いている様子でした。
夫婦「大体のリンクは閉鎖的。でもここのサブリンクは、窓から太陽の光が差し込んできてきれい。大人になってから5年ぐらいスケートをしていたけれど、妻が病気であまり滑れなくなったので今は年に1、2回滑っています」この日は、久々のスケーティングを夫婦で満喫したようです。
広いメインリンクでは年齢や性別を問わずお客さんが滑走していたレジャーとしてスケートを楽しむ人たちの中には、4年間スケート教室に通っているという親子の姿も見られました。ジュニアスケーターの女の子は話を聞く少し前まで、メインリンクで自主練習をしていたそうです。
女の子「メインリンクは、周囲が黒色なのでスケートに集中できる」 母親「地元のスケート教室で指導員の方から基礎は教えてもらったけれど、スピンやジャンプは、コーチに師事して教えてもらわないと」母親がそう話す背景には、練習拠点を失ってしまうかもしれないという現実がありました。
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■消えゆくリンクとスケート人口の減少■消えゆくリンクとスケート人口の減少
屋内アイススケート場数とアイススケート人口の推移女子選手として世界で初めてトリプルアクセルを成功させ、日本フィギュアスケート史上初の銀メダルを獲得した伊藤みどりさんが頭角を現し始めた1985年。1年を通して利用可能な屋内アイススケート場は、全国に268施設ありました。それが2021年時点では99施設にまで減り、スケート人口も1989年に910万人と全盛期を迎えた後、大幅に減少しています。
2027年3月には神奈川・相模原市にある「銀河アリーナ」が運営終了を予定していて、36年の歴史に幕を下ろすことが決まっています。老朽化に伴う修繕費や維持費などを含めた改修費が12億円以上必要になると想定され、市が長期の運営は難しいと判断したためです。
2027年3月に運営終了予定の「銀河アリーナ」(神奈川・相模原市)地域に根差したこの施設では、5歳から中学生までを対象にしたスケート教室が、毎週開催されています。子どもたちに少しでもスケートに触れて楽しんでほしいという思いから、初級から上級クラスまで1回500円の入場料を支払えば1時間半、指導員に教わることができます。
8年ほど教室で習う市内の小学校高学年の女の子2人は、切実な思いを話しました。
「教室が楽しくて来ています。このリンクでしか会えない友達もいる。リンクは存続してほしいです」「先生も皆、優しいです。細かいところを教えてくれます。自分のできる技を増やしたい」
10年に渡り受付で子どもたちから笑顔でチケットを受け取る相模原市スケート協会の杉山節生会長は、閉鎖の現実を前に肩を落とします。
「コロナ前は6時からの早朝スケート教室に、250〜300人ぐらいが来ていた。でも今は1回のスケート教室に110〜120人」 「せっかく指導員が育ててさ、子どもたちが来てくれてさ、子どもたちは一体どこに行くのかな」この日は、80人ほどの生徒を迎えて教室が始まりました。
■遠方も選択肢に?閉鎖を前に新たなリンク探し
サブリンクでは始めたばかりの子どもたちが、おぼつかない足取りで滑り、メインリンクは国際規格の広さを誇るものの、スピードスケート教室もあるため、半分に区切ったスペースを中級者や上級者が所狭しと滑走していきます。ゆっくりではあるもののスパイラル、ジャンプやスピンを練習する上級者は「選手の卵」と呼ぶにふさわしい姿です。リンクサイドでは、親が頑張っている我が子の姿を見守っています。
その中に「MAO RINK」で出会った、あのジュニアスケーターの女の子と母親の姿がありました。親子は「銀河アリーナ」の運営終了を前に、次の練習拠点を探さなければならない現実に直面していました。
母親「中級クラスの選手たちは半分ぐらい、ごそっと抜けて、友達も選手になるといって、4人ぐらい県内の別のリンクに行っています」教室でのレベルは卒業したという女の子も岐路に立たされています。新横浜や西東京市の教室に足を運ぶなど、新たなリンクとコーチ探しの真っ最中だと言います。
母親「きれいなところでは甲府の小瀬。他のリンクはどうなんだろうと。選手は本当にどこのリンクにも行っています。千葉や神宮(外苑)もそうだし」 母親「もしかしたら、私たちもそうなるかもしれない。子どもがやる気があったらですね。スケートは他の習い事というか、選手になるとお金も時間もかかるし。シビアになりますよね」子どもが望む道を絶ってはいけないと、なんとか環境を整えようと考えている様子がうかがえました。
そんな中で、「MAO RINK」も選択肢の一つになると言います。
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■「四季感じる」リンクに “メダル色”の外装…こだわりと想い■「四季感じる」リンクに “メダル色”の外装…こだわりと想い
「MAO RINK TACHIKAWA TACHIHI」外観「MAO RINK」がオープンし、都内で1年を通して利用できるアイススケート施設は4つとなりました。施設のあらゆるところに、浅田さんのスケーターとしてのこだわりが反映されています。
国際規格のメインリンクは1,000席の観客席を有するメインリンクはオリンピックなどの大会で使用されるサイズと同じ国際規格の60m×30mで、スケーターが競技や練習に集中できるように黒を基調としています。
初心者や家族で来たお客さんが利用しやすいサブリンク一方、サブリンクは40m×24mの広さで、子どもたちの利用を想定して白を基調にしています。大きな窓からは外の景色を見ることができ、春には桜並木を楽しめるということです。浅田さんは選手時代、朝から夜までずっと室内で練習し、暗くなるまで外の景色を見ない生活を送っていました。
「MAO RINK」のこだわりポイントを話す浅田さん 浅田真央さん「春は子どもたちに、スケートを滑りながら窓の外の桜を見て、四季を感じてもらいたいなという想いが込められています」 子どもたちの活躍を願い外装には“メダル色”が取り入れられているまた、「MAO RINK」のスクールなどで育った子どもたちの将来の活躍を願い、外装には金、銀、銅の色が取り入れられています。金色は模様がある部分に、銀色はサブリンクに、銅色はMAO RINKの館名サインに用いられています。
浅田さんも自らのコンパルソリーの軌跡を(浅田真央さん公式Instagramより)その金色の部分の模様にも、浅田さんのスケーターならではのこだわりが詰め込まれています。かつて、フィギュアスケート競技には、「コンパルソリー」という氷上を滑り図形を描く種目がありました。その滑走した軌跡の模様が、金色の外装とエントランスの床に取り入れられています。
夜には「MAO RINK」の外装のコンパルソリーの軌跡が浮き上がり辺りを華やかに照らす外装のパンチングパネルの模様は、夜になると裏側から光で浮き上がり、辺りを華やかに彩ります。
栄養面を考えたレストラン、バレエやダンスを通して芸術を学べるスタジオ、トレーニング施設など、スケーターが安心して利用できるような設備が、今後、整備される予定です。
67据のトイレのうち約7割が女性用トイレまた、施設内のトイレは約7割が女性用。アイスショーなどを見に来るお客さんの大半が女性であることを想定し、できるだけ公演時に順番を待つ列ができないように配慮されています。
こだわりと想いの詰まった「MAO RINK」。
浅田さんには、ここで、これから目指していきたいものがあります。
浅田さんは、スケート人生の第1章を選手、第2章をショースケーターとして位置づけ、第3章は指導者として挑戦していきたいと意気込んでいます。
まずはショースケーターとしての活動を続ける予定で、「MAO RINK」から始まり「MAO RINK」で千秋楽を迎えるアイスショーを考えています。
浅田さん「40歳になっても、50歳になっても、60歳になっても、何かしらの形でここにいると思います」もしかしたら今後、「MAO RINK」で浅田さんに会えるかもしれません。
さらに都内では、浅田さんの取り組みに追い風となるような動きがあります。
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■五輪の水球会場を新たに活用 通年アイスリンクに■五輪の水球会場を新たに活用 通年アイスリンクに
「MAO RINK」に続き、都内では「東京辰巳アイスアリーナ」(江東区)が2025年9月に開業を予定しています。
「東京辰巳国際水泳場」は通年アイスリンク「東京辰巳アイスアリーナ」に生まれ変わる東京五輪で水球の競技会場として利用された「東京辰巳国際水泳場」でしたが、近くに新たな水泳施設「東京アクアティクスセンター」ができたために東京都がアイスリンクへの転用を決めました。担当者は競技利用のほか、地域の住民にも「体を動かすため」「涼を求めるため」気軽に利用してもらえる施設にしたいといいます。
東京都生活文化スポーツ局 後藤裕介さん「都内は常設リンクが非常に少なく、23区内に限れば『明治神宮外苑アイススケート場』のみ。日本はフィギュアスケートが人気で、テレビで長く放送されている中、実際にトップアスリートの活躍を見た人たちが『自分たちもやってみたいな』と思いつつも『近くにやれる場所がない』という状況があったのかなと思います。辰巳をアイスリンクにすることで一つ、23区内に通年アイスリンクが増えます。来ていただくと、ひいては競技力向上にもつながりますし、いつか辰巳からオリンピアン、パラリンピアンが誕生したら良いなと思います」
きょうからフランスのグルノーブルで「グランプリファイナル2024」が開幕します。女子は日本勢史上最多の5人が出場。浅田さん以来、11年ぶりの連覇を目指す世界女王・坂本花織選手のほか、北京五輪団体・銀メダルに貢献した樋口新葉選手らの活躍が期待されます。男子は日本のエースで北京五輪・銀メダルの鍵山優真選手らが、4回転アクセルを得意とする世界王者イリア・マリニン選手(アメリカ)に挑みます。
新たにできたスケートリンクから将来、世界の大舞台で輝きを放つ選手が生まれるかもしれません。子どもたちが体験し、学び、自らを高められる環境が、より豊かになっていくことを願います。
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