◆どうやったら責任をとれるんだろうか
夜が明け、朝日が昇ってきた。2009年6月14日、広島市内の大学病院からホテルへの帰り道。齋藤は放心状態で歩いていると川辺に行き着いた。半日前まで笑って過ごしていたのがうそのようだ。前夜、対戦相手の三沢がリング上で倒れ、亡くなった。死因は頸椎離断(けいついりだん)。齋藤がバックドロップを放ち、約1時間20分後のことだった。 「どうしたらいいんだろう、どうやったら責任をとれるんだろうか」 齋藤は思いを巡らした。一つは自らの命を絶ち、許しを請うこと。もう一つはプロレスラーを引退し、人前から去ること。川辺で太陽を浴びて輝く川をぼんやりと眺めながら、そう考えていた。◆悲劇5日後の試合 それから15年後の取材で
「そのとき、ふと頭に浮かんだのが、自分が皆さんの前からいなくなったら、ご家族だったり、ファンの方だったり、いろんな方々の怒りをどこにぶつけるんだろうな、と。だって、『クソッ!』とか『返せよ!』ってぶつけられる人がいないじゃないですか。そう考えたときに、その二つの選択は責任をとっているようで『逃げ』なのかなと思ったんです」 逃げも隠れもせず、リングに立とう。怒り、罵声、悲しみ。それらの気持ちをすべて受けきろう。齋藤は覚悟を決めた。三沢の遺影に手を合わせた後、ファンの激励に応える齋藤=2009年6月18日、名古屋・Zepp Nagoyaで(森合正範撮影)
あれから15年。たとえ誹謗(ひぼう)中傷であったとしても、齋藤宛に来たメッセージにはすべて返信してきた。「つらい思いをさせて申し訳ありません、自分の中で約束したことがあるのでもう少し闘わせてください」と──。 そして、ついに34年間のプロレスラー生活に終止符を打つときがやってきた。 私は悲劇から5日後の2009年6月18日、ノア名古屋大会を取材した。この日は亡き三沢の47回目の誕生日。試合後、齋藤は三沢の遺影をリングに上げ、手を合わせて号泣した。バックステージでは涙をぬぐい「(三沢)社長に『強くなったな』と言ってもらえるように頑張ります」と真っすぐ前を向いて話した。悲痛な泣き顔と実直な口調。齋藤の姿がずっと脳裏に焼き付いていた。時が経ち、もし機会があるならば、話を聞いてみたいと思った。 取材をするのはあの日以来だ。待ち合わせ場所である東京都内の会議室を訪れると、齋藤は大きな背中を丸めてノートパソコンと向き合っていた。すぐに立ち上がり、柔らかい表情であいさつを交わし、インタビューが始まった。◆競泳で日本選手権制覇 実は空手を習う日々
仙台市生まれの齋藤は、幼稚園からバイオリンを習い、小学4年のときに水泳を始めた。ジュニアオリンピックの平泳ぎで2冠を達成するなど、多くの高校から推薦の話が舞い込んできた。しかし、あえて誘いのなかった愛知・中京高(現中京大中京高)へ進学する。仙台の親元を離れ、寮に入った。 その頃、長州力と藤波辰巳(たつみ)の日本人対決に興奮し、プロレスにのめり込んだ。格闘技を習いたい。だが、水泳部の練習は早朝5時から始まり、授業の後は日が沈むまで続く。しかも、休みは週1日しかない。 「水泳部の監督には黙って、その1日だけ空手の極真道場に通い始めました。監督に言ったら怒られますから。普通は禁止ですよね」1986年山梨国体(夏季)成年男子100メートル平泳ぎ決勝で同着優勝した斉藤彰俊選手(左)
水泳で順調に成長を遂げ、全国高校総体(インターハイ)の平泳ぎ100メートルで優勝。中京大に進学すると、1985年には日本選手権を制し、日本一に輝いた。日本を代表するトップアスリートになってもプロレス愛があふれ、日本選手権の決勝では長州のテーマ曲「パワーホール」で入場するほどだった。1988年ソウル五輪代表選考会を兼ねた日本選手権で5着となり、五輪切符を逃し、競泳を引退した。 「長州さんの維新軍にならって、鈴木大地、野口智博と『水泳維新軍』をつくったんです。『水泳は力だ』とか言って、ウエートトレーニングをやっていたんですけど、実際、彼らはウエートをやらなかったんですね。僕一人だけ五輪から漏れて、水泳は力じゃないとそこでわかりました」◆無我夢中 新日本プロレスへの参戦
プロレスとの出合いは突然やってきた。高校の同級生で既にプロレスラーになっていた松永光弘から「ちょっと出てみないか」と誘われ、1990年12月20日に金村ひろゆき戦でデビュー。その後はインディー団体「W★ING」などを転々とした。 「デビュー戦は何も知らずに初対面の相手とやり合うだけ。技をこらえて、余計にひどい角度で落ちたりして、次の日は体が痛かったですね」プロレスラー人生について語る齋藤彰俊=2024年9月(中西祥子撮影)
その後、中京高の同級生が誠心会館館長の青柳政司に付いて新日本プロレスの会場に行った際、プロレスラーの小林邦昭とトラブルになった。相談を受けた齋藤は1992年1月4日、新日本に乗り込んで、挑戦状をたたきつける。不思議と緊張はしなかった。 「昔からプロレスラーになりたいという気持ちがあったので。この一戦で何かを残せなかったら人生終わりだ、っていうくらい、すべてを懸けていましたね」 受け身も知らずに小林、小原道由らと無我夢中で闘った。闘争心が長州に認められ、新日本プロレスへの参戦が決まった。新日本で学んだのは攻撃だった。 「今は違うかもしれないけど、新日本はとにかく攻撃だったんです。『攻撃こそ、強さ』みたないイメージがあったんです」◆「あの飢餓感」を取り戻すために
反主流派の反選手会同盟、平成維震軍の一員として暴れ、6年が過ぎた。一見、順調に映る。だが、自分自身を見つめ直すと、先輩や会社の言うことを「はい」と答えている自分がいる。憧れてきたのは優等生のプロレスラーなのだろうか。がむしゃらに小林へと向かっていった当時は反骨心があった。気力も充実していた。あの飢餓感がなくなっていることに気がついた。 「会社には『ハングリー精神を取り戻したいので辞めます』って言いました」 新日本の幹部から再考するよう促され、長州からも声をかけられる。 「おまえのこと、あんまり構ってやれないけど、今のおまえなら、なんでもできるな」 プロレスとはまったく違うことをやって成功したらまたリングに戻ろう。長州の言葉でそう思った。 ハングリー精神を取り戻すべく、朝から産業廃棄物のトラックに乗って働き、夜は名古屋市内の人通りのない裏路地でバーを始めた。産廃の現場でプロレスのTシャツを着ていると...残り 947/3667 文字
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