トルコの選手が押し込んだボールを、バレーボール男子日本代表のセッター関田誠大がアンダーハンドで高く上げた。バックアタックの体勢に入っていた高橋藍は次の瞬間、空中でふわりとトスを上げ、呼応したセッター対角(オポジット)の西田有志がライトから豪快にスパイクを打ち込んだ。

昨年10月4日、東京・国立代々木競技場で行われたパリ五輪予選、トルコ戦の第1セットの1シーンだ。このプレーで勢いづいた日本は3-0で快勝すると、続くセルビア、スロベニア戦もストレート勝ち。1試合を残した状態で、2008年北京五輪以来となる自力での五輪出場を決めた。

このようにアタッカーがスパイクを打つと見せかけ、トスを上げるプレーは「フェイクセット」と呼ばれる。バレーは3本以内に相手コートに返球しなくてはならず、1人の選手が連続してボールに触れてもいけない。1本目をセッターが触った際、単調になりがちな攻撃に変化をもたらす戦術として、主に欧州の代表やクラブチームで使われるようになった。

〝創始者〟と位置づけられるのが、21年東京五輪で金メダルを獲得したフランスのエース、ヌガペトだ。日本協会の南部正司・男子強化委員長は、代表監督だった14年にフランスに遠征した際、ヌガペトが「合宿で遊びのようにやっていた。試合の中でも出したりしていた」のを記憶している。当時は1本目をセッターが触った場合、リベロがトスを上げるのが一般的。だからジャンプトスにもたけ、「世界一のリベロ」と称されたセルジオを擁するブラジルが世界を席巻していた。ただ、「フェイクセット」の普及もあって勢力図は変わりつつある。

日本代表では18年ごろに導入され、4位に入った19年ワールドカップや29年ぶりに8強入りした東京五輪でも効果を発揮した。かつてヌガペトと同じチームに在籍した主将の石川祐希をはじめ、高橋藍、大塚達宣(たつのり)らアタッカーに器用な人材が多く、誰が出ても高い精度で決められるのが強みだ。

大塚は「トスのことを先に頭に入れてしまうと、攻撃として成り立たない」と、状況に応じてツーアタックとフェイクセットを使い分ける必要性を強調しつつも、「点につながるプレーはどんどんやるべき。攻撃の数字(決定率)が上がるならいいこと」と腕をぶす。

出せる状況は限られており、何度も使うプレーではない。そもそも、意外性がなくなれば効果は薄い。ただ「華やかで芸術的であり、観客も見ていて感動するから会場が盛り上がる」と南部強化委員長。ここぞの場面で、目の肥えた〝芸術の都〟の大観衆を味方につけられれば、優勝した1972年ミュンヘン五輪以来のメダル獲得への大きな後押しになる。(奥村信哉)

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