寺内健さん(右)と笑顔で言葉をかわす玉井陸斗選手=兵庫県宝塚市で2021年6月6日(代表撮影)

 パリ・オリンピックは9日、男子高飛び込み予選に玉井陸斗選手(17)=JSS宝塚=が登場する。東京五輪に14歳で出場してから3年。期待されるのは、五輪の飛び込み競技で日本史上初のメダルだ。同じチーム、同じ恩師の下で育ってきた五輪6大会出場の寺内健さん(44)は、自分が果たせなかった「夢」を託している。

中国勢も「精神を揺さぶられている」

 飛び込みは長らく中国の「1強時代」が続いてきた。1996年アトランタ大会から2021年東京大会まで6度五輪の舞台を踏んだ寺内さん(23年に現役引退)も、その壁の高さを肌で感じ続けてきた。

 そんな中国勢でさえ、玉井選手に「精神を揺さぶられているのでは」と寺内さんは感じている。「中国の選手もスタッフも、玉井の能力の高さに驚いている。中国の一番大きなライバルとして君臨しているのが玉井だと思います」

 19年に史上最年少の12歳で国内主要大会を制し、以降国際舞台での経験を積んできた。160センチの小さな体を折り畳んだ鋭い回転力を武器に、空中の技の完成度は玉井選手が勝っている。ただ、最後の入水でしぶきを抑える技術は中国選手の方が1枚上手。寺内さんは「五分五分の勝負」とみる。そして付け加えた。「誰が打倒中国を果たせるのか。世界の『ダイビングファミリー』たちが内心は玉井の演技を楽しみにしているでしょう」

 寺内さんは玉井選手と同じJSS宝塚(兵庫県宝塚市)を拠点にし、同じ馬淵崇英コーチ(60)の薫陶を受けてきた。玉井選手が小学1年で飛び込みを始めてから約10年、その成長を近くで見てきた。

 他の子どもたちと一緒に週に1回ほどの体験練習に来ていた玉井選手だったが、寺内さんには初めから光って見えた。寺内さんたちは水中練習に入る前、陸上でイメージトレーニングを行う。その様子を、玉井選手はただ一人、プールの向かい側からじっと見つめていた。そして、見よう見まねで同じ動作を繰り返していたのだ。

 「他の子どもたちが遊びに来ている中、玉井は目的意識が違った」

 玉井選手が小学校高学年に上がると、2人は一緒に馬淵コーチのもとで練習をするようになった。JSS宝塚のプールは環境が十分に整わず、国内や海外に合宿に行く機会が多かった。朝から晩まで10時間近く練習が続くこともあった。

 「玉井は体の負担や練習の多さに対して強かった」と寺内さん。むしろ、技がうまくできなかったり、馬淵コーチから思うような評価をもらえなかったりするのを悔しがり、目に涙をためながら練習していた姿が印象に残っている。

 「小学1年の時から一貫して、世界のトップを取りたいという思いは変わっていないんじゃないか」。寺内さんは振り返る。

 21年の東京五輪で、中学3年生だった玉井選手は高飛び込み、寺内さんは板飛び込みに出場。玉井選手は7位入賞を果たした。寺内さんは「(玉井選手が)一度オリンピックを経験したことで、世界の中での立ち位置や、どういう演技をすればジャッジから点数をもらえるかが、自分の中で整理できるようになったのが大きな成長」と感じた。

「試合を動かすのは玉井」

 玉井選手は翌22年世界選手権の高飛び込みで銀メダルを獲得するなど実績を積み重ね、メダル候補の一角としてパリ五輪を迎えた。

 男子高飛び込み決勝は計6回演技をし、その合計得点で順位を争う。寺内さんがポイントに挙げるのが、玉井選手が決勝3回目に予定する「109C(前宙返り4回半抱え型)」という技だ。

 この技は難易度が高い。後半に持ってきて勝負をかける選手も多い中、玉井選手はあえて前半に持ってくる考えだ。後半3回の玉井選手の安定感は随一で、特に最後の6回目に予定する「5255B(後ろ宙返り2回半2回半ひねりえび型)」は、玉井選手の代名詞とも言える得意技だ。

 それだけに寺内さんは「もし109Cを先に玉井が決めてしまえば、他の選手にプレッシャーをかけられる。一気に試合展開を自分のものにできる」とみている。

 「もちろん(日本初のメダルを)託したいが、本人に重圧をかけたくないし、自分が選手の立場だったら言われたくないという思いもある」と気遣う。

 それでも「僕はずっと(馬淵)崇英コーチにメダルをとらせてあげたかった」と明かす。

 長く日本代表のコーチも務めた馬淵さんを、寺内さんは「みんなの父」と表現する。「みんなの父にメダルをかけてあげられる場所に一番近いのは玉井。崇英コーチと一緒に追い求めてきた演技を、パリの舞台でまずは精いっぱい出してほしい」。そう願っている。【パリ深野麟之介】

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