うつぶせでもがく相手の脇腹に左手を差し込む。右手で腰をつかみひっくり返す。もう逃がさない。  パリ五輪柔道女子57キロ級代表の舟久保遥香(三井住友海上)の武器は独自の寝技「舟久保固め」だ。天才の技ではない。「不器用だから、絶対にできるようになる」と寝技の練習を繰り返して編み出した努力の技だ。「泥くさくやる」。中学時代から変わらない気持ちで29日、パリの畳に上がる。(渡辺陽太郎)

ジャカルタ・アジア大会混合団体決勝でカザフスタン選手(下)を破った舟久保遥香=2018年9月

◆「技の習得が遅く…」悔しさから生まれた独自技

 山梨県出身。強豪の富士学苑中学・高校で日本一となり、ジュニアとシニアで数々の国際大会も制した柔道エリートに思えるが、本人は否定する。多くの技術を学ぶ中学時代は「誰よりも技の習得が遅く悔しかった」と振り返る。そこで腐らず「それならいっぱい(練習を)やろう」と奮起した。  練習した分だけ強くなると感じていた寝技を磨いた。恩師の「不器用だからこそ、身についたら忘れない」という言葉にも励まされた。中学3年時、何度も練習した複数の寝技の動きを組み合わせて舟久保固めを編み出した。「自分のポジションに入ったらいける」と自信になった。舟久保固めをはじめとする寝技を中心に快進撃を続けた。だが、卒業後、その自信は打ち砕かれる。

◆「毎日ぼこぼこ」逆境から技の幅が広がった

パリ五輪での目標を掲げる舟久保遥香=2023年8月、都内で

 上野雅恵、新井千鶴ら数々のメダリストを輩出した三井住友海上に集った実力者に「毎日、ぼこぼこにされた」と心が折れかけた。それでも「この会社に入ったからには世界で、五輪で戦わないといけない」と立ち上がる。自分のスタイルには合わないと思った技でも挑戦し柔道の幅を広げた。中学で培った負けん気で踏ん張った。  2021、22年のグランドスラム(GS)パリ大会の連覇や世界選手権連続2位と国際大会で実績を積み昨年8月、パリ切符をつかんだ。「目標にしていた。うれしいし気が引き締まる。金メダルを取りたい」と笑顔を見せた。

◆イメトレで「投げられちゃった」 本番を想定し尽くした練習

会見に出席した57キロ級・舟久保遥香=2022年9月、東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで

 代表内定後の国際大会は最高2位と結果を残せていない。しかし、動揺はない。今年4月、48キロ級で五輪5大会連続出場のレジェンド谷亮子さんから教わったイメージトレーニングの成果が出ている。五輪の数カ月前から「きょうは五輪」という日を何日も設ける。それを繰り返せば、五輪も「特別な日」でなくなる。  舟久保は起床から会場入り、畳に上がる瞬間、試合展開も細かく設定して練習に取り組んだ。開幕1カ月前には「想像で対戦したら、投げられちゃいました。本番まで何度も繰り返さないと」と苦笑した。  想定した相手は明かさなかったが、東京五輪銀メダルのサラレオニー・シシケ(フランス)や今年のGS3大会優勝の出口クリスタ(カナダ)らと思われる。両選手への対策を聞くと「力があるので、足を使って自分の組み手に持ち込みたい」とよどみなく答えた。  試合直前にもイメトレで相手に投げられるかもしれない。だが、不器用さを努力で補い必殺技を編み出した舟久保なら、本番でひっくり返せるはずだ。「私の柔道に派手さはない。本当に地味だけど、必死に食らい付いてやる」。泥くささに闘志も上乗せして夢舞台に挑む。 

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