父の祖国で日本勢初の五輪ファイナリストへ。26日開幕のパリ・オリンピックで、日仏両国にルーツをもつ一人のハードラーが出場する。400メートル障害の豊田兼選手(21)=慶応大。目指すのはこの種目で日本勢の悲願である初の五輪決勝レース進出だ。
パリ五輪への切符をかけて挑んだ6月の日本選手権。その決勝レースは終盤、他の選手を引き離しての独走劇だった。フィニッシュすると右の拳を力強く突き上げた。トラック脇の電光掲示板のタイムはいったんは48秒01と速報値が出たが、まもなく47秒99に修正された。
前月のセイコー・ゴールデングランプリで記録した自己ベスト48秒36をさらに更新し、日本勢で3人目の47秒台に突入してみせた。
選んだのは攻めのレース
「パリ五輪で決勝を目指すには前半からスピードを出すレースをしないといけない。海外の選手に食らいつく走りを目指したら47秒台を出せた」
これまでは前半にスピードを出すと後半失速するレースも多く、五輪切符を確実に手にするためには守りのレースという選択もあった。しかし、選択したのは「イチかバチかだった」という五輪決勝を見据えての攻めのレースだった。ハードル間のピッチを正確に刻み、タイムも細かく調整しつつ、想定通りのレースを展開した。
「パリ五輪出場を決めた場合、(本番までに)前半飛ばすレースを試すタイミングがないので(日本選手権の)決勝が絶好のタイミングだと思った」。レース後のインタビューで、そう明かした。
195センチの長身を生かし、400メートル障害のほか110メートル障害もこなす「異色の二刀流ハードラー」だ。陸上選手としての原点は、東京でも有数の中高一貫の進学校である桐朋中学時代にある。400メートル、110メートル障害、走り高跳び、砲丸投げ。この4種目の総合力を競う四種競技に取り組み始めた。
中高と豊田選手を指導した桐朋高校陸上部顧問の外堀(ほかほり)宏幸さん(48)は「ハードルのセンスがあった」と振り返る。ただ、中学時代の豊田選手は細身で「どの種目かで1番になれるかというと、そんなことはなく、まあまあ速いし、まあまあ跳べるという選手だった」と印象を語る。
そんな豊田選手は高校で身長が伸び、400メートル障害と110メートル障害に種目を絞り込んだ。しかし、集大成となるはずの高校3年の春に新型コロナウイルスが世界を襲った。学校にも行けず競技場も使えない。そんな日が続いた。
自宅近くで練習を重ね懸命に体力の維持を図ったが、インターハイをはじめ多くの大会が流れ、目標を見失った。「苦しい時間だった」
そんな中、「陸上を続けていくモチベーションになった」と振り返るのがコロナ禍が少し落ち着き、開かれた2020年7月の東京選手権だった。
110メートル障害に出場し、後に同種目のパリ五輪代表となる泉谷駿介、高山峻野、村竹ラシッドらトップ選手と決勝のスタートラインに並び、高校生でただ一人入賞となる7位。刺激を受け、「大学でも続けよう」と決意した。
慶応大で立てた「4年計画」
進学したのは慶応大だった。大学4年時に重なるパリ五輪出場を目標に設定し、コーチと「4年計画」を立てた。1年時はウエートトレーニングなどを中心に体の基礎を鍛え、世界を見据えた。「コツコツと目の前の山を一つずつ乗り越えた」
結果は着実に表れ、自己記録の更新を重ねていった。今季も大きなレースの度に調子を上げて、波に乗る。
400メートル障害は五輪でこそ、日本勢の決勝進出はないが、世界選手権となると話は変わる。1995年のイエーテボリ(スウェーデン)大会では山崎一彦選手が7位に、01年のエドモントン(カナダ)大会と05年のヘルシンキ(フィンランド)大会は為末大選手が2大会連続で3位となり、銅メダルを獲得している。
五輪での決勝進出という悲願には準決勝で47秒台が必須とみられている。五輪の準決勝に進出し、為末選手が世界陸上エドモントン大会の決勝で樹立した日本記録47秒89の更新ができれば、日本勢初の五輪決勝進出が現実味を帯びる。
「パリでは47秒8台を目指す勢いで、日本記録更新がついてくるようなイメージでいきたい」
陸上男子400メートル障害のレースが行われる会場は、フランス競技場。トラックには鮮やかな青色のタータンが敷かれている。号砲が鳴ればその上を胸に日の丸がついたユニホームで駆けることになる。
青と白と赤――そう、フランスの国旗であるトリコロールカラーだ。自身のルーツがある国の競技場に、コロナ禍からの4年間の集大成を刻むつもりだ。【木原真希、岩壁峻】
400メートル障害
五輪種目に採用されたのは男子が1900年のパリ大会から、女子は84年のロサンゼルス大会から。400メートルの走力に加え、一部はコーナーに配置される計10台のハードルを跳ぶ高いスキルが要求されることからトラック競技の中で最も過酷な種目といわれる。男子の世界記録はノルウェーのカルステン・ワーホルム選手が2021年に記録した45秒94。
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