東京ドームで行われている第95回都市対抗野球大会で、24日に初戦を迎えた日本生命(大阪市)の木倉朋輝選手(24)の両手には、「がんばろう石川!」と金色の文字で記されたリストバンドが巻かれている。「野球ができるのは当たり前ではない」。1月の能登半島地震を経験し、心から強く思っている。
金沢市出身の木倉選手は1月1日、石川県輪島市門前町の祖父母の家で両親や妻らと過ごしていた。昼食を取りながら、祖父の木倉祐蔵さん(77)から「今年も東京ドームに行ってくれよ」とたわいもない会話をした。その後、1階のリビングで家族とくつろいでいると、急に家が揺れた。棚にあった物は崩れ、窓ガラスは割れた。とっさに祖母の敬子さん(75)に覆いかぶさった。
幸い、祖父母の家は倒壊せず、けが人も出なかった。ただ、その後も地震が続いたため、木倉選手はその日、車の中で寝泊まりした。冷え込むなかで暖を取り、500ミリリットルの水と少しの菓子で過ごした。
大阪に戻り、遅れてチームの練習に合流。「野球ができる喜びは当たり前ではない」と改めて実感した。一方で「いまだに苦しんでいる人もいる。誰かを勇気づけられたら」と考え、メーカーに頼んでリストバンドに文字を刻んだ。3月に出来上がって以降、練習や試合で必ず身に着けている。「祖父母の周りの近所の人も応援してくれている。思いを伝えられたら」
迎えた都市対抗の初戦。日本通運(さいたま市)との試合に出場する孫の姿を見るため、午前3時に門前町を出て東京ドームに駆け付けた祐蔵さんと敬子さん。木倉選手は試合前、祐蔵さんに「家は大丈夫?」と声を掛けた。試合が始まり、スタンドから木倉選手を応援した祐蔵さんは「よう頑張っている。ほれぼれする」と目を細めた。
試合は1―2の接戦で敗れ、木倉選手も無安打に終わった。試合後、「悔しい。勝ちに持っていける展開もあった」と声を落とした。それでも敬子さんは「結果がどうであれ、ドームに連れてきてくれて感無量。力をもらった」とうれしそうに話した。【大坪菜々美】
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。