新シーズンが始まる前に、どうしても書きたかったことがある。
それは、3月にカナダ・モントリオールで開催された世界選手権。男子ショートプログラム(SP)終了後の一場面だ。
記者会見場でフリーの滑走順抽選を待っていた時、演技を終えた宇野昌磨さんが鍵山優真選手に笑顔で話しかけた。「会心のフリップだった。あんなの練習でもできたことがない」
その日の演技はカメラ越しにも息をのむものだった。冒頭の4回転フリップは美しい弧を描き、完璧な着氷で4・56点の加点を得る出来栄え。その後のジャンプやスピンも難なく決め、得点は107・72で1位。世界王者の貫禄を見せた。
フリーはジャンプの失敗が響き、3連覇はならなかった。大会を4位で終えた宇野さんは5月に現役引退を表明。その知らせを聞いてハッとした。最後の大会で最高のジャンプを跳んだんだ――。
大会取材中は忙しさもあり、鍵山選手とのやり取りをあまり気に留めていなかった。改めてSPの撮影データを見返してみると、さらに驚くことがあった。フリップの着氷からたった9コマ送ると、もう美しい姿勢で次の演技へと移っている。会心の技が連鎖しているようだった。
「表現」と「競技」のはざまで揺れ動いたラストシーズン。最高のジャンプを決めたからこそ、美しい表現につながったのだろうか。競技人生の集大成として追い求めたものの一端が、その一枚に見えた気がした。
宇野さんはまだ限界を見せていない。競技引退で寂しさは募るが、うれしい気づきでもあった。引退記者会見では、自由にスケートができることへの喜びを口にした。今後は競技の制約から解き放たれ、さらに一皮むけたスケートを見せてくれるだろう。その姿を写真で追い続けたいと思った。【猪飼健史】
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